コブシ

元ボクサー。 人を殴ることで自分を表現していた若き日々。 そして今、文字を連ねることで自分を表現できたらなと思います。

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元ボクサー。 人を殴ることで自分を表現していた若き日々。 そして今、文字を連ねることで自分を表現できたらなと思います。

最近の記事

抗う

「和也、久しぶ・・・ど、どうしたんや、その顔!」 見上げた勇二は、久しぶりに見た和也の顔の異変に気がついた。 両目の辺りがパンダのようにどす黒くなっていた。明らかに殴られた跡。 ばつが悪そうにはにかみながら和也は言った。 「・・・やっぱりばれちゃったか。一応、勇二さんが心配すると思って何日間か腫れだけでも引かそうとずっと氷で冷やしてたんだけどね。・・でも、勇二さんに少しでも早く報告したくて・・俺、やったよ!」 和也は勇二との練習で自分に自信が持てるようになっていた。

    • あん時の自分を助けなきゃ ~あるボクサーの哀歌~ ⑪

      勇二は常々思っていた。 不謹慎だとは思うけれど、毎試合直前に天変地異が起きて試合自体が無くなればいいのにと。 どのボクサーも、それくらいの恐怖と闘って試合に臨んでいると思う。それはつまり自分からは逃げ出すことは出来ないという事。 勇二はそのまま病院に運ばれ、検査の結果、腰椎の3番目が疲労骨折している事がわかった。 「先生!勇二をリングに上げられるようにしてやって下さい!大事な勝負を賭けている試合なんです!」 「あなたね、骨折してるんだよ!試合は無理に決まってるじゃな

      • あん時の自分を助けなきゃ ~あるボクサーの哀歌~ ⑩

        減量も順調。 パンチもこれ以上ないくらい切れていた。 間違いなく自分のこれまでの試合の中で最高の仕上がり。 その反面、恐怖心も尋常じゃないくらい感じていた。 おそらく、倒れた事のない自分が、受けた事がないくらいのパンチ力を持つ相手。 実際、ゴンザレスと試合をして再起不能になった選手もいるくらい危険な相手。 強者とやる際の独特な感覚。 体が震えるほどの恐怖心を抱きつつ、自分が壊されるかもしれないという恍惚感。 “滅びの美学”とでも言うのだろうか? 『選ばれし者

        • あん時の自分を助けなきゃ ~あるボクサーの哀歌~ ⑨

          7年前の過去・・・ 勇二は18歳で上京し、プロデビュー。 デビュー戦を1RKO勝ち。その後も全てKO勝ちで連勝。 6戦6勝(6KO)無敗で東日本の新人王になった。 ところが、全日本新人王決定戦で初めて判定負け。 後に聞いた話で、相手の西日本新人王陣営は、ハードパンチャーの勇二に手を出させないくらい手数を出しつづけるという作戦だった。その術中にまんまとハマり、手数の少なかった勇二は判定負け。 相手のパンチ力がなかったとはいえ、数をもらってしまうと、やはりダメージは蓄

          あん時の自分を助けなきゃ ~あるボクサーの哀歌~ ⑧

          「すみません、プロの方ですか?」 集団の中でもリーダー格らしき男が勇二に問いかけてきた。 「はい、ブランクはありますけど、元プロでやっていました。」 「やっぱりそうですか!サンドバッグの音が全然違いますもん!よかったら、パンチの打ち方教えて」 リーダー格の男は嬉しそうに言った。 「はい、半年後に。」 「頑張って下さい! お先に失礼します!」 そう言い残して、男たちは去っていった。 そうか・・まだそこまで動きは鈍ってなかったか。 自分の動きを見て、プロと思っ

          あん時の自分を助けなきゃ ~あるボクサーの哀歌~ ⑧

          あん時の自分を助けなきゃ ~あるボクサーの哀歌~  ⑦

          昨日の別れ際、勇二は少年に伝えていた。 「もし、君が今の自分よりも強くなりたければ協力するよ。俺は朝6時にそこの公園でトレーニングしているから。」 少年自身も今のままではダメなんだと思ったのだろう。 勇二には少年の気持ちが痛いほど理解できた。 少年の名前は“沢野和也”、高校2年生。 高校1年の頃から、あのグループに目をつけられて酷いイジメを受けていた。 もう地獄のような学校には行きたくない。 自然と不登校になっていた。でも、方や毎日このままじゃいけないと思う自分

          あん時の自分を助けなきゃ ~あるボクサーの哀歌~  ⑦

          あん時の自分を助けなきゃ ~あるボクサーの哀歌~ ⑥

          思考のスイッチが切り替わった勇二。 ある日、テレビで映画を見ていた時のこと。 「男は強くなければ大切な人はみんな遠くへ行ってしまうんだぞ!」 主人公が言ったセリフに心を撃ち抜かれたかのような衝撃を受けた。 あれ以来、彼女は勇二に近付こうともしなくなった。 むしろ避けられていた。 男は強く・・強くなければ・・・大切な人はみんな遠くへ行ってしまう・・・・ たまたま学校帰りに目に入ったのが山本ジムだった。 「中に入ってみるか?」 ジムのガラス越しに食い入るように見

          あん時の自分を助けなきゃ ~あるボクサーの哀歌~ ⑥

          あん時の自分を助けなきゃ ~あるボクサーの哀歌~ ⑤

          勇二が中2、14歳の頃。 付き合ってはいなかったけれど、お互い意識し合うような女の子がいた。彼女と呼ぶには、まだ、いろんな部品が足りない淡い関係だった2人。 ある休日。 2人で買い物に出掛けた時の事。 買い物をする前に、ゲームセンターに立ち寄った2人。 なんてことない穏やかな休日。 そろそろ、正式に告白してもいいかな?と考えていた勇二。 「おい!お前!さっきこっち見ただろ!」 勇二は声がした方を振り返った。 ボンタンを履いた、いかにも不良という男が立っていた

          あん時の自分を助けなきゃ ~あるボクサーの哀歌~ ⑤

          あん時の自分を助けなきゃ ~あるボクサーの哀歌~ ④

          「お前、そんなもん出すんじゃない!」 「う、うるせーーっ!ぶっ殺してやるっ!」 少年は興奮していた。 おそらくハッタリか護身用で持っていたのだろう。実際に刺した事などないと勇二は思った。 ナイフを持つ手の震えがそれを物語っていたからだ。 腹のダメージが残っているのか、勇二に殴られたところを左手で押さえながら少年は立ち上がった。 仲間の手前、引っ込みがつかなくなった少年の目は、本当に刺してくるような目をしていた。 対峙した二人。 勇二自身、刃物を持った相手と対峙

          あん時の自分を助けなきゃ ~あるボクサーの哀歌~ ④

          あん時の自分を助けなきゃ ~あるボクサーの哀歌~ ③

          「勇、大丈夫なの?」 会長と別れた後、開口一番に君子は言った。 「これは、清の為だけじゃないんや。・・俺自身の為でもあるんや。」 ずっと見ないように蓋をしてきた“過去”。何度も死のうと思っていた。 死ぬ勇気・・・ なんかこの言葉には違和感があるけれど、勇二には死にきれるだけの勇気がなかった。 全て忘れて生きていこうとも思った。でも、忘れられるわけない。これから生き続ける為に避けて通れない道。 「落とし前つけなきゃいけないんだよ・・・」 勇二は、自分に言い聞かす

          あん時の自分を助けなきゃ ~あるボクサーの哀歌~ ③

          あん時の自分を助けなきゃ ~あるボクサーの哀歌~ ②

          めったに鳴らない電話。 「はい、中井です。・・え、あ、はい、ちょっとお待ち下さい。」 君子が怪訝そうな顔をしながら、受話器を勇二に手渡してきた。 「山本さんって方から。」 「山本?」 勇二の知っている山本といえば1人しかいなかった。 「お電話変わりました。」 「おー勇二!久しぶりやな!元気にしてたか?」 山本会長からだった。 勇二がボクシングを始めた原点。 山本ジムの会長だった。 何年振りだろうか? 勇二は14歳で山本ジムに入会し、18歳まで練習してい

          あん時の自分を助けなきゃ ~あるボクサーの哀歌~ ②

          あん時の自分を助けなきゃ ~あるボクサーの哀歌~ ①

          「痛いっ!やめてっ!」 勇二は俯いていた顔を上げて、その声の主を見た。 辺りはオレンジ色の世界かと見紛うほどの夕陽に包まれていた。 オレンジ色の世界を切り裂くような悲痛な声。 声の主はコンビニの広い駐車場の隅にいた高校生くらいの集団の中から聞こえた。 その集団はパッと見、いかにも素行の悪そうな連中の集まりに見えた。 でも、その中に1人だけ場違いな男の子がいた。 学生服をキチンと着こなしていたその男の子が声の主だった。 「痛いっ!もうお願いだからやめてっ!」

          あん時の自分を助けなきゃ ~あるボクサーの哀歌~ ①

          2番・・・ ⑫最後の緊急事態・・・そして、伝えたかった言葉

          風雲急を告げる展開。 「ど、ど、どういう事?」 話によると、車で送ってあげると言われて、長い常連さんだし、信用して乗ったらしい。 ところが、マンションが近付いたところで、降ろしてほしいと言ったところ、急に無言になり、車を走らせ続けているとの事。 「ちょー、そいつに変わって!」 男に携帯を渡したみゆちゃん。 「はい。」 無機質に答える男。 「お前、コラっ!誰の女に手出してんのかわかっとんのかっ!お前、俺の女に指一本でも触れたら殺すからなっ!脅しで言うてんちゃうか

          2番・・・ ⑫最後の緊急事態・・・そして、伝えたかった言葉

          2番・・・ ⑪別れの予感・・・最後の緊急事態

          人間というのは、つくづく欲深い生き物だと思う。 最初の頃は、みゆちゃんと付き合えるなら他には何もいらない!なーんて殊勝な事を思っていた。 それがどうだ、付き合い期間が1年も経つと、やれ、××を直して欲しいだの、もっと××してくれたら・・なーんて、贅沢な悩みを抱くようになっていた。 それは、みゆちゃんも同じで、自然とケンカも激しく、お互い言いたい事を遠慮なくぶつけ合うようになっていた。 そして、「Gさんの事は絶対に忘れちゃいけない」という自分が言った言葉に苦しめられた。

          2番・・・ ⑪別れの予感・・・最後の緊急事態

          2番・・・ ⑩恍惚と不安二つ我あり

          「オヤジの右が当たれば・・・」 「右喰ろたらもたんやろ・・・」 「どれだけもつかな・・・」 周りの人間たちが呟く言葉が耳に入ってくる。 そういえばAさんが私に話してくれていた言葉を思い出した。 「腕に自信のある奴がワシらの集まりに来ても、オヤジの右喰らって立ってられた奴おらんのやで!」 私は現役の頃から強い相手とやる時ほど燃えた。 逆に、楽勝で勝てると言われた相手だとなんか調子がでなかった。 私のデビュー戦。 相手は老舗のジムで、メインはそのジムのチャンピオ

          2番・・・ ⑩恍惚と不安二つ我あり

          2番・・・ ⑨本編脱線中・・

          数日後、Aさんの事務所に行った。 「おー、コブシさん!」 にこやかに出迎えてくれたAさん。 最初の対応の時と顔つきが違っていた。 (いやいや、気を付けなければ・・・) まだ私の中では、何か騙されるんじゃないかと警戒していた。 近くのファミレスみたいなところで夕食をとることになった。 「いやホンマに感動したわ!」 Aさんはよっぽど嬉しかったのか何度も私に言った。 それからお互いの話を、どちらからともなく話した。 私がどうして車金融にまで手をださなくてはならな

          2番・・・ ⑨本編脱線中・・