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開けないゲストルーム

あるところに、ミカという若い女性がいました。彼女は心の中に消せない痛みを抱えていました。

それは、大切な友人との別れや、失敗した夢に対する後悔、そして人間関係の中で感じた孤独でした。ミカはいつもその感情をどうにかして消そうと努力していました。

「忘れれば楽になるはず」「前を向くだけでいい」と自分に言い聞かせ、忙しさでその気持ちを覆い隠そうと日々を過ごしていたのでした。

心は重くその気持ちを感じまいとさらに必死に動いているうちに身も心も疲弊し、いつしかミカは何もかもどうでもよくなって、気力も沸いてこない日々を過ごしていました。

ある日、彼女は偶然立ち寄った公園で、一人の老婆に出会いました。老女は静かにベンチに座り、風に揺れる木々をじっと見つめています。

その姿にミカは、心の奥からこみ上げるものがあり、どうしても話しかけたくなりました。

「あの…。すいません。その…。」

ミカは話しかけたことを後悔しました。何を伝えたいのか自分でもわからなかったのです。

ですが、老女の瞳がミカに向けられなんとも穏やかな気持ちがミカをやさしく包んだ瞬間、ふいにこんな言葉が口をついて出てきました。

「どうして…、その、あの。どうしてそんなに穏やかな顔をしているんですか?」

とミカが尋ねると、老女はにっこり笑って答えました。

「あらお嬢さんこんにちは、穏やか?私が?それはありがとうね。私はね、ずっと長い間、悲しみや怒りを追い払おうとしていたのよ。でも…あるとき気づいたのよ。追い払うのではなく、それをただ“受け入れる”ことで、心がずっと楽になるってことにね。それからかしらね、少しはいい顔つきになったのかしらね。」

ミカは首をかしげました。「受け入れるって、ただ我慢するってことですか?それって、自分を裏切るような気がするんです。けど…」
勢い余って失礼な事をいってしまったかもしれないと、いった事を後悔したが出した言葉はもう戻せない。

老女はゆっくりと首を振り、穏やかに語り始めました。

「受け入れることはね、自分を裏切ることではないのよ。そうねぇ…それは、自分の心の中に居場所を作ることなの。例えば、嵐のような感情がやってきたら、それを追い出そうとするのではなくね、まず“ああ、今はこんな気持ちなんだな”と気づいてあげるのよ。そしてその感情に、家の中のゲストルームを貸すように、一時的な居場所を与えてあげるの。その感情が人生をすべて支配するわけじゃないもの…。ただ、そこにあることを認めるだけでいいじゃない?」

ミカは考え込んだ後、少々早口に言いました。「でも、悲しみや苦しみを認めたところで、何かが変わるわけじゃないですよね?悲しいものは悲しいわけだし。」もう失礼かな?とか考える事もわすれ少々興奮気味に話が進む

「うん、そうよねぇ。悲しみそのものは消えないしねぇ。でも、以前の私は締め出す事に一生懸命になりすぎたのよ。だからどうぞって受け入れることで、心に新しく優しさや思いやりが生まれたの。そしてそれが強さに変ったのよ、新しい視点を与えてくれたのよねぇ。自分自身にもっと耳を貸すことができるようになったわ。そしてその事が、次の一歩に導いてくれた。だからね私は招き入れるのよ。ゲストルームに…。」

ミカはなんだか自分が一番知りたかった事に近づいている気がした。「あの…でも、自分には悲しすぎて受け止めきれない事もありますよね。そんな時もあの…ゲストルーム??に招き入れなくてはいけませんか??」
顔は緊張して引きつっていたようだ。

老女は優しい笑顔を浮かべたまま、柔らかな声で続けました。

「そうやって素直に、自分の限界を認めるのも大切なことよ。悲しみが大きすぎると感じたら、それを無理に抱え込む必要はないわ。あなたの心の中のゲストルームは、あなたが準備できたときにだけ開ければいいの。時にはその扉を閉じて、ただ外から見守るだけでも十分なのよ。」

ミカは少し戸惑いながらも、「でも、それってその感情を無視することにはなりませんか?」と聞き返しました。

老女は穏やかに首を振り「無視するのとは違うわ。それは“今の私はこの悲しみと向き合う準備ができていない”と、自分に正直になること。悲しみが外にいることはわかっているけれど、無理に中に入れる必要はないの。準備が整っていないまま受け入れようとすれば、余計に苦しくなるだけだからね。」

「じゃあ、その悲しみはどうなるんですか?」ミカの声には、不安が混じっていました。

老女は空を見上げながら言いました。「悲しみは、そこに留まっていることもあれば、ゆっくりと姿を変えていくこともあるわ。たとえば、雨雲が空を覆うようなものね。最初は重たくて暗い雲が、どうしようもなく広がっているけれど、やがてその雲は風に流されて薄くなったり、雨として地面に降り注いで新しい命を育んだりすることもある。」

「でも、でも…その時間が怖いんです。ずっと消えないんじゃないかって。」なんだか涙があふれそうになる自分に少しびっくりした。いつからだろうか感情を抑え込んでいたのは。こんなに心が動こうとするのは久しぶりな気がした。

老女はミカの目をまっすぐに見つめ、優しく言いました。

「怖い気持ちは自然なことよ。でも、その時間を急がないで。悲しみが消えることだけを目的にしなくていいの。いつか、その悲しみがあなたに何かを教えてくれるかもしれない。ね?少しずつ、あなたのペースで向き合えばいいのよ。」

ミカは深く息を吸い込むと、少しだけ肩の力が抜けたのを感じた。「今は扉を閉じていてもいいんですね…。でも、その扉の向こうに何があるのか、いつかちゃんと見つめられるように…。」

老女は満足そうに頷きました。

「そう、それでいいのよ。悲しみはあなたを壊すものではないわ。大丈夫。それに、必要なら誰かに手伝ってもらってもいい。悲しみを一人で抱え込む必要はないのよ。大丈夫。大丈夫。あなたの家はとっても素敵な家なのよ。忘れないでね。」

ミカは小さく微笑みました。遠くで風が木々を揺らし、どこか新しい気づきの予感を運んでくるようでした。

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