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創業前夜のディープテック企業へ向けた、広報・PRの教科書

つい最近、約5年間広報・PRの伴走をさせていただいていたスタートアップが、無事に上場を迎えることができました。私にとっては2社目の上場でしたが、毎回へとへとになるほどしんどくて、だけどそれを上回るぐらい嬉しいことです。

特に上場日は、この技術を信じたチームが世の中から評価され、社会へさらに広がっていくんだと、強く記憶に残る1日になります。

私は主に、研究開発型のスタートアップ、いわゆるディープテック系の企業と関わる機会が多くあります。広報・PRという立場として、サイエンスや技術、会社の魅力をステークホルダーに向けて分かりやすく伝えるコミュニケーションの設計に関わる中で、「もっと早く、関わることができていたら……」と思うことが、結構あります。

創業初期から広報・PRマインドを持った活動が出来ていれば、もっと早く素晴らしい技術の存在が知られ、研究の資金を獲得できていたかもしれない。もっと正確に技術によってもたらされるインパクトが伝わり、社会実装が加速するかもしれない。

もったいないなと思うのですが、とはいえ、創業初期から広報・PRの専門家を迎えることは、資金の制約からもなかなか難しいですよね。広報・PRスキルや語学力があるすご腕広報・PRさんは、報酬が低くコミュニケーションコストがかかるディープテック系スタートアップのお仕事をわざわざ引き受けないです(こんなことを言うと元も子もないけど事実なので)。

ならば、自分たちでやるしかない。

ということで今回のnoteでは、創業前〜シード・アーリーぐらいのディープテック系スタートアップの創業者のみなさんへ向けて、広報・PRの教科書になるような内容を書いていきます。

・広報・PRのマインドセット
・広報・PRの下準備
・プレスリリースの実務

の3本立てでご紹介します。


<広報・PRのマインドセット編>

はじめに、

本記事の「広報・PR」の定義は、以下に準拠しています。
日本パブリックリレーションズ協会(PRSJ)
パブリックリレーションズとは
https://prsj.or.jp/aboutpr/

「広報・PRって、一体なんのバリューがあるんですか?」

と問われることがたびたびあります。バリューって何だと真正面から言われるとドキッとしてしまうのですが……、私自身、VCやファンドを通じてIPOを目指すスタートアップや地方のベンチャーマインドを持つ中小企業の経営者を支援する中で「広報・PR」が果たす役割は大きいと確信しています。

新しい技術を社会実装したい。社会へインパクトを与えたい。そう考えているのならなおさら、「広報・PR」が果たせるバリューは大きいです。

具体的な事例だと、「今はSNSで自分で発信出来るのに、どうしてメディア取材の時間を作らないといけないんですか?」と言われることもあります。

確かにSNSでの発信がマッチしている業界もあるのですが、ガチでやるには専任担当者を置く必要がありますし、ディープテック系においては、他にリソースを割くべきところがたくさんあるので継続的にやるには難しいのではないでしょうか。

それに、世の中はびっくりするほど技術やサイエンスに興味がないので手応えを感じられないかもしれません。自分自身の経験でいうと、上場審査や追加投資のDDの際にSNSでの発言もチェックされるので、フォロワー獲得目的やバズらせるような発言はリスクが高いなと感じましたが、VCによってはSNSでの発信を推奨している場合もありますし、ご自身の適性もあるので上手に付き合えたなら強力なツールだと思います。

一方でメディアは、媒体の大小や特色がありますが、第三者である記者が客観性を持って取り上げるため、サイエンスや技術に詳しくない人にも分かりやすく情報を届けることができます。

ビジネス・経済情報であれば、日経新聞。というように、特定の人・ジャンルで評価されている媒体に掲載されることは、自社発信以上の「信頼ある情報」としての価値があります。

このようなメディアリレーションズについては、担当キャピタリストに相談してみるのもアリだと思います。

私はよく、「御社の技術について、小学校時代の同じクラスの同級生のうち何人ぐらいが理解できますか?」と質問するのですが、キョトンとした顔をされます。説明しても絶対分からんやろな〜って人の顔を思い浮かべてください。そして、その人たちに分かるように表現する必要があるということを心に刻んでください。

そのために、コーポレートブランディングの専門家に壁打ちしてもらって、文章やビジュアルを構築することをおすすめします。先ほど「資金に制約があって難しいよね」と書いたばかりですが、この部分についてはステージが進むと今度は人的リソースを割くのが難しくなるので、早い段階から着手するとあとが楽になります。

1.ステークホルダーとの関係性をしっかり考える

広報・PR活動は、単に話題を集めるためのものではなく、バズればいいということではありません。情報発信の際には、どんなステークホルダーに向けて、何を伝えたいのかを考えて、伝え方や言葉を選ぶことが重要です。

例えば、大企業との契約が決まった場合、それは出資者にとっても大きな事業進捗であり、成果になります。この成果を自分たちだけのものにせず、ステークホルダーへもアピールしましょう。

では、具体的に誰に向けてなのかというと、

【ステークホルダー】
・同じ技術分野の人達
・VC(出資者)やその先にいるLP(VCに資金を提供する人々)
・協業を希望する企業の人達
・次の資金調達に向け、新たな出資者になりうる人達

初期の段階では、ステークホルダーそれぞれにコミュニケーションを取るのは難しいかもしれません。そのため、最大公約数的な発信をすることになりますが、プレスリリースは、企業の成長を披露する重要な機会です。自分たちのことを応援してくれる人たちへの感謝を伝えるコミュニケーションでもあります。

情報発信は苦手、恥ずかしい……という思いもあるかもしれませんが、残念ながら思いは言葉にしないと伝わりません。次で紹介するようなニュースからでも、ぜひ発信するようにしましょう。

2.発信するマインドを持つ

自分たちにとっては「こんな情報、発信するネタになるの?」と思いがちなことも、外部から見ると「すごい!」と思える素晴らしい成果であることも多いです。

例えば……

・他の企業や大学と実証実験を始めた
・J-StartUp *1(国の認定)に選定された
・NEDO *2に採択された
・大企業との契約が決まった

*1.J-Startup…経済産業省のスタートアップ支援プログラム。日本の有望なスタートアップ企業を世界的に成長させるための支援を行っている。

*2.NEDO…国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構。新エネルギーや産業技術の研究開発を支援している。

企業成長のマイルストーンとなる出来事は、積極的に発信するべきです。

ただし、大企業との契約、事業提携といったニュースなど、相手企業がいる場合は発信内容やタイミングの調整が必要です。自社都合だけで発信するのはご法度なので、注意してくださいね。

「いつリリースをするか」「どんな内容で発表するか」の調整が必要なため、契約が決まった段階から「プレスリリースを掲載しても良いですか」と交渉を開始するようにしましょう。大企業は、部内や広報部の確認が必要なので思いのほか時間がかかります。

また、アライアンス先と共同リリースする際に、先方の原稿をまるっとそのまま掲載しているケースも目立ちます。中には主語が混在しているケースも……。しっかり確認してからリリースするようにしましょう。

<広報・PRの下準備編>

メディアの取材のみならず、誤った情報を流さないためにも、会社やサービスの「一次情報の整備」が重要です。一次情報とは、会社の設立年や住所といった基本的な情報に加え、ロゴ、会社やサービス写真、事業コンセプトなど、一貫して伝え続けるべき情報のことです。

以下、取材対応のための準備ポイントです。

1.基本情報の準備

まず、基本的な情報を整理しましょう。

・代表取締役の氏名
・会社名
・会社の住所
・設立年
・資本金
・事業内容

当たり前だと思われる情報ですが、案外、事業内容は人によって言うことが異なることもあります。会社の基本的な情報は明文化し、広報・PR・発信に関わる人は誰でも参照できるようにしておきましょう。

2.自社らしさの明文化

ミッション、ビジョン、バリューのようなきっちりしたものでなくていいので、自社らしさや会社の方向性や価値観を明文化しましょう。

例えば創薬の場合、「難治性疾患の患者さんのアンメットメディカルニーズを満たす」と伝えれば、薬がない病気に対して、薬を作ろうとしていることが伝わりますよね。

多くの会社が存在する中で、「何を目指している会社か」「この会社があると、社会や私たちにとってどんないいことがあるのか」をステークホルダーに対して分かりやすく伝える効果もあります。

3.技術と社会への影響について明文化

ディープテックは、まだ社会に実装されていない技術を扱うため、その分野に精通している人であれば「すごい!」と思うことも、多くの人からすると「で、だから何なの?」という反応が大半です。

創業初期の頃は関係者が限られるため、技術の話がメインでもいいと思います。ただ、広く世の中へ届けることを見据えるのであれば、その技術が社会や人々の生活にどのような影響を与えるのかを伝えられるようにしましょう。

TIPS:ChatGPTで聞いて壁打ちするのも一つの手。完璧なものは出てこないと思いますが、あくまで壁打ちとしての活用なら有効ですよ。
(ちなみに注意点としては、ChatGPTには具体的な会社名を入れないように気をつけましょう。公開前の情報も記録されてしまいます。「A社」などぼかした表現で。)

4.ロゴマークの準備

会社を象徴するロゴマークですが、研究に没頭しているフェーズだと、そこまで手が回らない、気にかけていられない、ということが正直なところだと思います。

ですが、いざ必要なときに、困るケースは結構あります。例えば、展示会。大きなパネルにロゴを印刷しますが、元データが無いため荒い状態で印刷される、なんてことも。

今ではデザインツールも充実するため自作やクラウドソーシングの活用も可能ですが、できればロゴ制作やデザインの専門家へ依頼し、Illustratorなどの形式で納品してもらうことをおすすめします。ロゴの利用規約(ガイドライン)の作成もお忘れなく。

自作だと客観性に乏しく、自分たちは「いい」と思っても、第三者が見たときの印象は大きく違うこともあります。

設立前後は本当にお金がないので……プロに依頼するのはハードルが高いかもしれません。けれど、ロゴというアウトプットが生まれる以外に、ロゴ制作を通して「本当にやりたいことは何か」「何を大事にしていきたいか」という、会社や事業としての骨格となる思いを整理することもできます。できれば投資だと思って、プロへ依頼するようにしましょう。

また、グローバルな観点で見ることも大切です。ピースマークなど使用をおすすめできない記号もありますし、色覚障害への配慮も必要です。

5.画像の準備

経営陣のプロフィール写真は、背景が無地のものが一般的です。写真も、プロのカメラマンによる撮影をおすすめします。学会発表のときの写真を使っているケースをたまに見かけるのですが、会社としてやる意思表明としても、経営者らしい写真を撮影してもらいましょう。

6.Webサイトの準備

社名やサービス名を聞いたり、プレスリリースを見た人が次に訪れるのがWebサイトです。最低限、会社概要、経営陣プロフィール、事業紹介、最新のお知らせは掲載し、Webサイトをある程度見れば、「こんな会社なんだな」と分かる状態にしておきましょう。

投資家向けに説明する資料から、内容をピックアップして制作するのも一つの方法です。資金調達のタイミングでは必ずWebサイトを見直し、最新の情報を反映させるようにしましょう。

<プレスリリースの実務編>

続いて、プレスリリースの実務についてです。はじめのリリースとして「資金調達」をお知らせすることが多いため、資金調達を事例に、流れについてご紹介します。

1.PRTIMESアカウントの作成

まず、会社設立と同時にPRTIMESのアカウントを作成しておきましょう。アカウント審査があるため、登記などの手続きとあわせて、法人設立のやることリストに含めておくといいでしょう。

TIPS:ちなみに、PRTIMESは一定要件を満たしたスタートアップは、創業から2年間、月1回の配信が無料になる「スタートアップチャレンジ」を行っています。使わないともったいない!
https://prtimes.jp/startup_free/

2.リリース文面の準備

出資が決まった段階でリリース文面の準備を開始します。必要な情報が漏れなく記載されているか、しっかりチェックしましょう。
フォーマットがあることで何が不足しているのかが一目でわかるので、活用すると便利です。

3.投資家や関係者との調整

プレスリリースの内容や発表日時について、投資家や関係者と調整を行います。投資家のコメントを載せたい場合は、余裕をもって依頼しましょう。コメントが間に合わないことも案外多いので、早めの依頼が肝心です。

ディープテック企業の場合、初見の人からすると、「その技術の何がすごいのか」は伝わりづらいものです。ですが、投資家コメントによる第三者の評価があることで、「こういう事ができるんだ」「この人が評価しているんだ」ということが伝わります。

リリース日時は、投資実行後の日付を設定します。複数社から出資を受ける場合、それぞれの投資実行日が異なることがあるため、調整が必要です。

すべての資金が入ってから遅くとも1ヶ月以内にはリリースを発信できるよう、日程を調整しましょう。

4.プレスリリース配信のフロー

・PRTIMESへの掲載
まず、PRTIMESにリリースを掲載します。タイマーで配信設定ができるので事前に準備しておくと安心です。
参考URL:https://prtimes.jp/magazine/upload-a-manuscript/

・自社WebサイトとSNSへの掲載
次に、自社のWebサイトと自分のSNSアカウントにリリースを掲載します。

薬機法などの規制により表現できないことも多いので、内容の確認もしっかり行ってくださいね。

ディープテック系のスタートアップでは、初期段階からバズらせようとする必要はありません。初期は広く世の中にというよりも、投資家、大手企業、政府、大学関係者がステークホルダーとなるため、むしろ悪目立ちしないことが大事です。

人事採用を考える場合は、もちろん多くの人の目に留まったほうがいいのですが、プレスリリースは1発でバズらせるものではなく信頼を積み上げるもの、と考えてください。

5.Googleアナリティクスの活用

アクセス数やユニークユーザー数の変化をGoogleアナリティクスでチェックし、今後の発信の参考にしましょう。

さて、ここまで調整し、最初のプレスリリースを配信すると、VC経由でメディア取材を受けることがあります。

「なんだ、リリース出したら取り上げてくれるんだ!」と、それを当たり前と思わないようにしましょう。

もちろん、それだけ画期的な、世の中にインパクトを与える技術なのかもしれません。ただ、単なる初回ボーナスやVCのコネクションのおかげであって、自分の実力だと勘違いしないように。

たまーに、本当にたまーになのですが、「記者に会わせてよ」と言って簡単にアポを取ろうとする人もいます。ですが、記者さんだって取材先もたくさんあり、当然忙しい。信頼ありきで来てくださいます。

一度来てくれたからといって、取材に来てくれるのが当たり前だと思わないようにしましょう。(記者を呼びつける、なんて言い方をする人もいますが絶対にダメです!)

次につなげるためには、記事のネタになる情報を積み重ねるとともに、メディアや記者さんとの信頼関係を積み重ねることが何より大切です。

ここまで、広報・PRがなぜ必要なのか、どんな準備やはじめのプレスリリースはどうしたらいいか、を紹介してきました。

創業前夜の研究者のみなさんが、広報・PRマインドを持つことで、素晴らしい技術がもっと世の中に広がっていくと思っています。そのお手伝いができれば何より嬉しいですし、まずは壁打ちからでも。何かお力になれることがあればぜひお声がけください。


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