春風に乗せられて
感情が分からないとか、冷たいとか、とっつきにくいとか…兎に角、物心ついた時から孤立していた。
心が動いても顔に出ない自分が、全面的に悪いのだが、少しくらい理解してくれる友人がいても良いのではないか。
音楽室、窓際の席。
唯一の居場所であるここで、青春を身体中に感じて、駆け回っている同級生たちを眺めながら、そんなことを考える。
「ねぇ」
よくもまぁ、放課後にあんな走れるもんだ…
「ちょっと、、ねぇ!」
授業では何を言ってるのか分からない数学教師が、三階まで聞こえるほどの大声を出し、的確に指示を出している。
「ねぇ、ってば!」
背後から聞こえた声と共に、耳に入っていたイヤフォンが吹っ飛んだ。
「…え、っと」
「さっきから、話しかけてるんだけど」
突然のことに状況が把握できない。
なにせ、誰かに声をかけられるなんて、3年に一度あるかないかだ。
「…ごめん、聞こえなくて」
その大きな目から逃れるように視線を逸らす。
「お願いがあるの」
逃げた先に回り込んで、目を合わせられた。
「…お願い?」
もう、聞き返すことしかできない。
家族以外の人間と話すのは、何ヶ月ぶりだろうか。
「これ、聴かせてほしいの」
目の前に突き出された楽譜は、身に覚えがありすぎた。
「この前、弾いてたよね?」
「あ、あぁ…」
趣味がクラシックである両親の影響で、常に音楽が近くにあった。
そして今、目の前にあるのはまさに、家族全員、お気に入りの一曲だ。
「バレたか…」
お前みたいな奴が
ピアノを弾くなんて気持ち悪い
過去に吐かれた消えない傷が、今更、痛む。
また、馬鹿にされるのだろうか。
こんなに動揺しているのに、きっと今も、眉一つ動かさず、まるで聴かせるかどうか思案しているかのようにでも見えているのだろう。
「ダメ、かな」
「いや…そうじゃないけど…」
人に聴かせられるほどのものじゃないから、そう続けようとした途端、その子の…七音の顔がパッと明るくなった。
「君の音、すごく好きだなって思ったの。曲の場面が変わるごとに色を変えて」
待ちきれないと言わんばかりに腕を掴まれ、ピアノまで引きずられる。
「え、いや、その」
「さっ!どうぞ」
なんて強引な…というか、そもそも誰なのか知ってて話しかけてるのか?
「あ、ちょっと待って」
無理やり座らされたピアノの前で唖然としていると、バタバタと鞄から水筒を取り出す。
「なんか、緊張してきちゃった」
中の氷をカランと鳴らして、勢いよく喉を鳴らす姿に、思わず見惚れる。
「あ、笑った」
言われて初めて自分が笑っていることに気が付いた。
一瞬で真顔に戻る様子を見て、えー、と不満げな声をあげられる。
「その顔、もっとすれば良いのに。すごく感じ良くて素敵だよ」
「今のは、何で聴く側のそっちが緊張してるんだって、ちょっと可笑しかったから」
「だって律の音色、ほんとに好きだから」
名前、知ってたのか。
ふわっと体温が上がる。
「…いきなり呼び捨てかよ」
「七音でいいよ」
それより早く聴かせてよ
急かす七音に乗せられて、鍵盤に指を置いた。
目を瞑り、心地良さそうに揺れている七音を見ながら、久しぶりに胸が高鳴る。
窓から入る春の風に吹かれながら、水筒の氷と共に、凍てついた心が溶けていくのを感じた。
おわり。
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あとがき
今回は初めてnoteでいただいたお題「氷」で書きました。
甘枝ゆとり様、素敵なお題ありがとうございました。
(甘枝ゆとり様のアカウント
→ https://note.com/mako_makkonen)
本当は昨夜、書き上げるつもりだったのですが、疲れ果てて眠ってしまった…。
眠気眼の中、直接的だけど間接的、みたいなのが書きたいと思い走り出したは良いものの、迷走を重ねて寝落ちするという過ちを犯し、昨日の自分を呪いながら何とかゴールしました。
今回の主人公は『二度目の夢はきっと』の律と七音です。
この2人の設定は、別途投稿しますので、良ければ読んでください。
まだまだお題、募集中です。
企画概要の記事にコメントする形で、どしどしご応募ください。
では、また。
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