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どんな夜でも平穏を保てるように。

「あそこに見える星はなんですか?」
ナースコールが鳴り、急いで向かった深夜3時、突拍子もない一言に笑ってしまった。

夜中に鳴り響くナースコールは、日中と違って変わった要望が多い。そして納得するまでは寝てくれない彼らとも、楽しい夜を過ごさなくてはならない。求められているのは安全とユーモアだ。

見えている星は確かに1番光っていたし、綺麗だった。小さい頃プラネタリウムによく行ってたとはいえ、星の知識なんてゼロに等しい。

星に詳しくないからわからないです…ごめんなさい。でもすごく綺麗ですね!
そう伝える間にも別の人のナースコールが鳴り始める。

特に要望ないなら早く次行かせてくれ〜と思いながら、他に何か用事ありますか?と尋ねる。

他の要望が出てくることなんてないとどこかでは気づいている。もしかすると、本当に星の名前が気になっているのかもしれないけれど、おそらく星は口実だろう。ただ単に、寝れないから誰かと話したいだけなんだろう。

こういうのは何歳になっても一緒なんだなぁと思い、コップ一杯の麦茶と引き換えに部屋をでた。

急いで向かった先では「足にバネがついてるんです。とってください。」とお願いされた。どうみたって付いてないバネを取ることはできないので、私の持てる限りの想像力を発揮するためにどこについてるのか、どんなバネなのか。
見えないバネについての質問をした。

結局いくら聞いても私にはバネなんて見えてこなかったけれど、バネ付いてないですよ〜とか、バネ取っときました〜とか、そんな簡単な嘘では納得してもらえない。

足元にかかっている布団をめくり、つま先の上で上下に3回程度パサパサしてみた。
足首を持って足を持ち上げ、ゆっくり上下に動かしてみた。

動いてない状態でバネがあるんだったら、逆にバネらしい動きをしたらいいんじゃないかなという発想でバネを作り上げた。
試しながら状況に笑いが込み上げてきたが、真面目な顔で丁寧にバネを扱った。

何がどう上手くいったのかは全くわからないが、5分くらい格闘したら「バネ飛んでいきました」と言われた。バネって飛んでいくのか…。

深夜3時は40人を1人で見る時間帯だ。
鳴り響くナースコールに対応しながら、みんなの無事を確認するために巡回をする。

「トイレに行きたいの」というおばあちゃんとトイレに行き、「全部取られちゃったの…」と下半身裸でタンスを開け閉めし続けるおばあちゃんとお話をし、ゴロゴロ音がするおばあちゃんの痰吸引をし、訪れてしまったシーツ交換も冷静に対応した。

まさに深夜の1人シャトルラン。
夜勤は事務作業が捗るから好きって聞いたことがあるけれど、きっと幻だったんだろう。

40人を見守る恐怖の2時間を乗り切ると、20人を起こす地獄のモーニングケアが始まる。

カーテンを開け、換気をし、布団を畳む。
顔を洗い、歯磨きをし、髪をとかす。
着替えをし、靴を履き、トイレにいく。
リビングに行き、飲み物を飲む。

何気なくしている朝の習慣はこんなにも多い。
成長するにつれてできるようになってきた生活は、老いるにつれてできなくなっていく。私が関わり初めてからでも、自分でできないことが増えてきた人もいる。それは寂しいけれど、どこか愛おしい。

生活は自分を映し出す。

私たちの生活でも、できてないことが増えていくのは整っていないのサインだ。

自分を大切にするために、まずは生活を整えようと思いながら、夜勤明けにマクドナルドに行ってしまった。代わりにゆっくりとお湯に浸かって、貰い物のお香を焚いた。

生活を整えることは大切だけれど、ある程度の緩さがなければ息苦しくなる。
私は私らしく、生活を保っていこう。

1人で見守る夜勤はまだまだ憂鬱だ。
お見送りが近づいてるときや調子が良くない人がいるときは、私のときに何も起こりませんようにと願ってしまう。私じゃない日の方が、苦しまなくて済むんだろうなぁ。そんなネガティブに押しつぶされそうになる夜がある。

私がいるから大丈夫。最後まで見送らせてほしい。なんて、胸を張って言える日が来るなんて思えないけれど、私でよかったって少しでも思ってもらえるように、ゆっくり一人一人に向き合いながら、発された言葉や行動の背景を想像していきたい。とはいえ、全てを想像して受け止めるだけの時間も心の余裕もない現状に不満も募っていく。

これを解決する術はまだあまり持ち合わせていないが、受け取っていることを伝えながら、それを何らかの言葉や行動に起こす。その形の種類を増やしていきたい。受け取るアンテナの数も、想像する世界の数も、全部全部増やしていきたい。

「なんか嬉しくなっちゃったよ。あなたがみえたから」と駆け寄ってくれるおばあちゃんも、「あんたは寝てないの?大丈夫なの?」と心配してくれるおばあちゃんも、みんなたくさんの暖かさと笑顔をくれる。

可能な限り平和な夜になるように、可能な限り生活が続いていくように、今日も心にはある程度の責任感とたくさんのユーモアを携えておこう。

ちなみに、星の話をしたことは朝には忘れ去られていた。

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