【論文】営業実習の週報から見る新入社員の学び方の学びと指導員によるその支援-指導員のどんな支援が、実習員の学びの深化に影響するのか?-
新入社員へ指導されている方で、こんなことを思ったことはないでしょうか。
今回紹介する研究事例は、新入社員の「学び方の学び」と「その指導にあたった指導員の支援方法」について分析した研究です。
分析方法は、SCATという質的データ分析手法を使っています。
聞きなれない言葉かもしれないので、こちらもどんな質的データ分析手法なのか、説明していきます。
【論文名】営業実習の週報から見る新入社員の学び方の学びと指導員によるその支援-質的データ分析手法SCATを用いた事例分析-日本教育工学会論文誌41(1),1-12,2017/田中孝治・水島和憲・仲林清・池田満
どんな論文?
新入社員研修で用いる週報(記述データ)を、新入社員と指導員とが対話する学習環境として捉えてSCATにて分析している論文です。
抽出したテーマ・構成概念からストーリラインを作成し、「学び方の学びの経験学習サイクルを転回する実習員と指導員の相互作用モデル」というモデルを作成。この研究では理論記述からモデル化(記述された理論を視覚的に理解できる形で提示すること)まで実施しています。
調査方法
調査対象企業:大手インフラ系企業H社
インフラ事業、課題ソリューションを提供し、顧客との価値共創を志向するサービス事業
分析対象者:設計開発部署に配属された新入社員F氏(新卒、24歳、男性、営業部署に研修)とその指導員 T氏(営業部署所属、勤続年数6年、30歳、男性、過去の指導経験4名)
データ:営業実習期間中(5週間)に用いられた週報(約4000字)
分析方法
質的データ分析手法SCAT(Steps for Coding and Theorization)を使用しています。SCATとは、4つの手順で逐語録の抽象度を高めて、最終的にストーリーラインおよび理論を構成する方法です。
SCATの特徴は、下記といわれています。
SCATは、質的データ分析手法であって質的研究(手)法ではないことも忘れてはなりません。SCATは質的データ分析のみの手続きを規定したものであり、質的研究のためのサンプリングやデータの採取について何も規定していない。SCATだけで質的研究を実施することはできない(大谷,2019)のです。
実際のSCATの分析フォームはこんな感じです。
このフォームに当てはめて書いていけば良い、というのも初心者向きの理由ですね。
分析結果
指導員が経験の積み重ねによる知識構築のプロセスである経験学習サイクルに沿って、実習員の学び方の学びを支援することで、実習員の学び方の学びが深化していることが読み取れました。
SCATは、4つの手順で逐語録の抽象度を高めて、最終的にストーリーラインおよび理論を構成する方法のため、この論文も理論記述まで明記されています。
ちなみにここでいう「理論記述」の理論とは、小規模なデータから一般化可能な理論を得ることはほぼ不可能であり(大谷,2008)、「一般的・普遍的原理」ではなく、「このデータ分析から言えること」程度です。
考察
①実習員の経験学習サイクルの転回
・実習員の経験学習サイクルのステップが週を追うごとに進んでいる=実習員の学習の深化が読み取れる。
・第4週で見られた能動的実験に対する意識が、第5週全ての具体的経験に関して見られた訳ではなかった。
ー業務間で学び方の学びの転移が起こっていない可能性がある。
ー抽象的概念化が実習先部署業務に依存する内容であったため、実習の最終週であるが故に能動的実験の意識が記述されなかった可能性がある。
②実習員と指導員の相互作用
・指導員は、経験学習のステップが具体的経験の段階である実習員に対し、経験学習サイクルを進める意識を持たせるために自身の経験を振り返り、週報を活用して経験学習サイクルを進める支援を行っていることが明らかになった。
まとめ
指導員が経験の積み重ねによる知識構築のプロセスである経験学習サイクルに沿って、実習員の学び方の学びを支援することで、実習員の学び方の学びが深化していることがわかりました。
具体的には、
(1) 受動的な学習態度であった実習員に対し、指導員が実習員の内省的観察を促すために、実習員に自問自答を意識させることで実習員が内省的観察を意識するようになったこと
(2) 実習員が内省的観察を意識するようになってくると、指導員が実習員の抽象的概念化を促すために、指導員が自身の経験から抽象化した知識を与えることで実習員が抽象的概念化を試みるようになったこと
(3) 実習員が抽象的概念化を意識するようになってくると指導員が実習員の能動的実験を促すために、実習員に課題の解決方法を提案することで実習員が能動的実験を意識するようになったこと
が明らかになりました。
指導員自身が、ただただ学びを支援するのではなく、経験学習サイクルに沿った実習員の学び方の学びの支援を行うことで、実習員の学びが深化することは、大きな発見なのではないか、と思います。