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黒伊佐錦、下通り、パンティー 第105回 月刊中山祐次郎

いつもご購読いただきありがとうございます。中山祐次郎です。
今回は私が連載している南日本新聞(鹿児島県のローカル紙です)から、許可を得て転載いたします。ついに、ずっと引っ張っていた医師国家試験が終わります笑

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「それではここで、解答をやめて下さい」2007年2月19日。大きな体の試験官の太い声で、ついに3日間にわたる医師国家試験が終わった。500問、合計16時間と15分。僕は心も体も芯からくたびれていた。この試験のために半年の間、毎日16時間ほど勉強をし続けてきた。運が逃げてしまわぬよう小さくため息をつくと、鹿児島市甲南高校の先生だった友人がくれたお守りポストカードをポケットから出し、のばしてカバンにしまう。低いヒールに黒いスーツの女性が解答用紙を回収している。

頭に浮かんだのは、「大きな災害や病気、事故にあわずに試験を受けられたことへの感謝」だった。もし大きな地震が起きたら、もし感染症が流行したら、もしホテルから試験会場までのバスが事故を起こしたら。「医学的知識」の高い山頂に、僕はいた。一度転げたら、もう二度と到達できないだろう高み。大学での実習をし、無数の試験を受け、さらに勉強し続けてやっとたどり着いた高み。すべてのタイミングが揃い、なんとか奇跡的に登りきれたのだ。

試験会場の部屋には、50人の医学生のため息と歓声が満ちていた。「あの問題、シモタカハラさんはこれにしたらしいよ」聞いてもいないのに、友人が学年で一番優秀だった男の解答を言ってくる。僕は返事をせず建物の外に出た。夕刻。まだ明るかった。熊本県・崇城大学の試験会場からは、バスで鹿大生はみな一緒にホテルに戻ることになっていた。僕と友人たち男10人はバスには乗らず、熊本の繁華街・下通りへと直行し、馬刺しとビールで祝杯をあげた。みな一様に太り、無精髭を生やし、髪はボサボサだった。

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