<書評・芸術一般>『Sincerely Yours (ごきげんよう、親愛なる・・・)』
M. Wesley Maransという銀行家の、各国著名人のサインのコレクションを集めたもの。 出版は、A New York Graphic Society Book, little, Brown and Company, Boston, Massachusetts, U.S.A.
歴史上有名な友人・知人などから自分へ宛てたサイン(及ぼメッセージ)付き写真を集めたもの(ちなみに、書名は手紙の最後につける挨拶の言葉。日本語で適切なのは「ごきげんよう」ではないかと思う)。「なんだ、それだけか?」と思う人がいるかも知れないが、意外と歴史的に価値があると思われるものが沢山ある一方、実際の顔を知らない人や知っていてもその筆跡(サイン)までは意外と知らない人がけっこういる。そうした人たちの実生活を発見するような喜びをもたらせてくれる、意外な写真集だった。
そこで、いくつかの写真とサインを紹介したい。
まず、マタハリ。マタハリと聞いてすぐにわかる人はもういないと思う。第一次世界大戦で、ドイツの女スパイとして名を馳せた美人ダンサーだ。たぶん、ロマ出身だと思う。フランス軍に捕まって処刑されている。マレーネ・デートリッヒ主演の映画にもなっている。
それから、歴史的な資料として面白いのは、この西部開拓時代の酋長のもの。サインの代わりに、二丁の銃とバッファローの絵を描いている。考えてみれば、文字の起源とはこんな風だったのだと思う。
続いて、わが日本の昭和天皇の皇太子時代のもの。「Hirohito」という文字を丁寧に筆記体でサインしている。ヨーロッパ旅行で世話になったフレイン・ベイカー将軍に宛てたもの。
昭和天皇が皇太子だった時代に重なるが、マルボロー公爵夫人の気品あふれる写真が素晴らしい。昨今「セレブ」とかなんとかマスコミがもてはやす対象が巷にあふれているが、本当のセレブ=貴族とは、こういう人たちだけを称するものだろう。
それから、貴族ではないが歴史的有名人として、ヘレン・ケラーを紹介したい。三重苦の苦労人は、目が見えないのに、こんなに立派なサインと文章を書いている。これは凄いことだ。真似しても絶対にできない偉業だと思う。泣けるような感動。
またそれから、僕の好きな「アラビアのローレンス」。この人は軍人というよりも、文科系の繊細な人だから、そうしたものをこの肖像から感じとることができる。
スポーツ界からは、アメリカプロ野球の歴史的大人物タイ・カップ。日本語で「球聖」と称されているが、この写真をみるだけで、この人がスポーツ万能であったことがわかる。少し前に伝記映画が作られたが、それをみると性格はかなり偏っていたようだが。
最後にハリウッドスターを紹介する。
まず、チャールズ・チャップリン。この人の、特に若いころの素顔はあまりマスコミに出てこないから、このハンサムな肖像はけっこう貴重だと思う。
それから、僕の大好きな大女優グレタ・ガルボ。今「グレタ」と言えば、環境活動家として有象無象にいいように利用されている女性の名前の方が印象深いが、少し前までは、このスウェーデンが生んだグレタ・ガルボと強く結びついていた。この若いころの芯の強そうな写真は、その内面の強さがむしろ彼女の外面の美しさを強調している。彼女のような女優は、二度と出現することはないだろう、ソプラノのマリア・カラスと同様に。