小説「なにが見えるの?
もう五つになる娘が母親に尋ねた。
「ねえお母さん、どうして猫は誰もいないのに部屋の隅を見つめるの?」
母は少し考え、答えた。
「それはね、猫には私たちには見えないナニかが見えているのかも知れないわ。昔から猫には霊感があるって言われているから。でも怖がらなくていいのよ。そっと名前を呼んで、抱きしめてあげなさい、ね?」
娘はうなずくとそっと猫の名前を呼んでみた。
*
もう二カ月になる息子が母親に尋ねた。
「ねえお母さん、どうして僕たちは誰もいない所を急に見つめたりするの?」
母は静かに、優しく答えた。
「それはね、私たちは犬と違ってあまり甘えたり飛びついたりしないでしょ?だから人間の気を引くために昔からそうする事になっているのよ。ほんとは何もいないけど、見えているフリをすれば、ぎゅっと抱きしめて貰えるんだから。私たちって寒がりだから、ね?」
息子はうなずくと、外に耳を立てながらまた尋ねた。
「ねえお母さん、それじゃあどうして犬は誰もいないのにあんなに吠えるの?」
母は静かに、耳を立てながら答えた。
「それはね、犬には私たちには見えないナニかが嗅ぎとれるのかも知れないわ。昔から犬には霊感があるって言われているから。でも怖がらなくていいのよ。耳を塞いで、丸くなっていれば大丈夫だから、ね?」
息子はうなずくと耳を塞いで部屋の隅をじっと見つめた。
*
もう三つになる息子が父親に尋ねた。
「ねえお父さん、どうして僕たちは誰もいない所を吠えたりするの?」
父は舌を出しながら、低い声で答えた。
「それはね、私たちの先祖が人間と共存していくために考えた儀式なんだよ。ただ甘えるだけだった餌をくれないからね。何か仕事をしているフリをするために吠えるんだよ。そうしたら勘違いした人間が頭を撫でてくれるから。私たちは甘えただから、ね?」
息子はうなずくと、高く一鳴きしてまた尋ねた。
「ねえお父さん、それじゃあどうして人間は何もいないのに空を眺めたり、一人で話し出したり、急に深く息を吐いたりするの?」
父は低く一鳴きすると、尻尾をふりながら答えた。
「それはね、人間には私たちには見えないナニかが見えているのかも知れないよ。昔から人間は不思議な生き物だからね。でも怖がらなくていいんだよ。大きな声で遠吠えして、穴を掘って昼寝でもしていれば大丈夫だから、ね?」
息子はうなずくと穴をほりながら静かに鳴いた。
*
もう五つになる娘が母親に尋ねた。
「ねえお母さん、どうしてお母さんは誰もいないのに喋っているの?」
母は視線を娘に向け、少し考えながら答えた。
「それはね、何ていうのか、お父さんとお話しているのよ。ほら、お父さんは寂しがり屋だったから。でも大丈夫よ。お父さんは優しい人だから。きっとあなたの顔を見て安心しているわ、ね?」
娘はうなずくと、不思議そうな顔をしてまた尋ねた。
「ねえお母さん、じゃあどうしてお母さんはそんなに悲しそうな顔でお空を眺めているの?」
母はまた少し考えながら、静かに答えた。
「それはね、お空を見ているんじゃないのよ。……心配しているの。なんだか久しぶりの気がしちゃって。元気にしているか心配なの。悲しいけど、もうちょっとしたら帰らなくちゃいけないから。でも安心して。お父さんはいつも私たちの事を見守っているから大丈夫よ、ね?」
娘はきょとんとした顔でうなずくと、そっと猫を抱きしめようとした。その時、どこからか犬の遠吠えが聞こえて来た。
「ねえお母さん、お父さんはいつ帰ってくるの?」
娘の言葉に、答えは帰ってこなかった。ただ母の深いため息だけが、空に消えていった。
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※2015年頃の作品です。
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