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小説「泥棒」

 小学生の頃、ある友人はお小遣いが一日百円、つまり一週間で七百円だった。それは当時の小学生の中でも破格の値段で、ほとんどの人は週に百円ぐらいもらえたらいい方で、また、当時はスーパーファミコンやミニ四駆が流行っており、その資金繰りにみなが苦労していたように思うのだが、中にはお小遣いとは別に欲しいものがあれば買ってもらえる子も確かにいた。私はと言うと、月に百円だったのを覚えている。
 月に百円! 世は平成、いったいこれでなにを買えばいいというのか。ジュース一本買えば、それで終わりだった。さらに苦しかったのは、欲しいものはすべてお小遣いで賄えというお達しがあり、ミニ四駆の部品やましてや数千円もするスーファミのソフトを買うなんて夢のまた夢。思えば、私の潜在的に染みついている現在の貧乏性は、おそらくここら辺に起因しているのではないかと思う。ああ、悲惨だ、私だって今、娘に対してお小遣いを上げられるほど稼げてはいない。貧乏というものは、まったく病気のようなものである。
 金がほしい!
 人は金がないとき、どうするか。諦められるほど高尚な人間などこの世にいるのであろうか。私は、下卑た人間だ。いや、貧乏が人を下卑させるのかもしれない。私は泥棒になった。親の貯金箱からお金をくすね、次第にその金額は大きくなり、果てには母に「最近、財布の中身が減っているのだけど、お前はなにか知らないかい?」と間違いなくばれている体で話しかけられ、私は内心死ぬほどドキドキしながらも「知らん」と一言、ああ、哀れ、泥棒は生きながらにして嘘をつき続け、嘘を隠し通すためにさらに大きな嘘をつき、そうして、自己否定、貧乏への無限地獄へと真っ逆さまに落ちていったのだ。
 思えば、私はひどい子供だった。金がないのなら、盗めばいい。いつしか店の商品を万引きするようになった。駄菓子から果ては衣料品まで。さらに私は、他人の財布にまで目をつけて――。

 ああ、もうよそう! ここから先は墓場まで持っていくと決めたことじゃないか。きっと、これを読んでいる人は私を心底軽蔑していることだろう。だが、それもしかたない。私は、泥棒なのだ。私の血には泥棒の血が流れている。

 先日、娘がなけなしの小遣いから私の誕生日プレゼントを買ってくれた。
 私は、稼がないといけない。そう思った。泣いている暇などないのだ。貧乏な思いは、私の代までで充分だ。これからの人生は豊かに生きよう、そう、だから私は、懺悔のつもりではないが、こうして昔の屈辱を書き散らし、令和の世、全世界の人が見られるようなサイトに投稿し、それを以てしてある種の贖罪にしようと思ったのだ。
 貧乏が憎い。
 話は変わるが、以前、妻とこんな話をしていた。
「私は一人っ子だったから、人と分け合うということを知らなかったのよ」
「そんなの関係ないよ。今の君は進んで分け与える素敵な人じゃないか。僕んところなんて三人姉弟だったけど、誰一人譲ろうとしなかったぜ。むしろ、逆」
 私たち姉弟は奪い合っていた。だから今でも、我先にというがめつい思いがつい先立ってしまう。
 もう満足、と言っておやつを残す娘。おいしいから、という理由で分けてくれる妻。果たして、貧乏が先なのか、それとも――。
 いや、どっちでもいい。私だって、今はもう譲れる人間なのだ。少なくとも、そうであろうとは常々思っている。そう、思っているのだ。

              ☆

「ねえ、お母さん、あのとき、財布からお金盗んだの、僕なんだ。本当にごめん」
「こちらこそ、気づいていたけど、注意できずにほったらかして、ごめんね」
「僕、どうしても買いたいものがあったんだ。でも、お小遣いじゃ足りないし、言ったところで買ってもらえないし、そもそも、言えるようなものじゃなかったんだ」
「それは、いったい、どんなものだったの?」
「……お母さんの誕生日プレゼント」



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※2021年9月の作品です。



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