小説「お金の夢」
夢を見た。
海。広がる水平線。青い空、白い波。砂浜。名前の分からない植物。風。フナ虫。歩くたびに目につくゴミ。漁の残骸。異国のラベル。顔にかかる飛沫が心地よくて、ポケットの煙草をまさぐる。……ない。おかしいな、と思った瞬間、こめかみに電気が走って――。
直観。瞼を閉じる。おそらく、目を開けたら、そこには別の世界が広がっているはずだ。そう、新天地。きっと砂浜のすべての砂がお札になっているだろう。それも一万円札。ああ、間違いない。この感覚は、絶対だ。
目を開ける。やはり。
砂浜は消えていた。代わりに一万円札が無尽蔵に敷き詰められている。どこを見てもお札、お札、お札……。風に飛ばされるお札。波にさらわれるお札。フナ虫に蹂躙されるお札。ゴミの中に紛れているお札。
歩く。お札の上を堂々と。何枚か手に取ってポケットに入れる。声を上げる。お金を鷲掴む。しかし、ここまで大量にあると不思議と価値を感じなくなってくる。それでも、私は卑しい。ポケットがパンパンになるまでお札を詰め込むと、その上に寝転んだり、上にまき散らしたり、果ては破いたり、ゴミのようにぐちゃぐちゃに丸めたり、いや、私はそんなことより、煙草が吸いたいのだ。
と。
目が覚めて、真っ赤な朝焼けの空を眺めながら、寂しい冬の風、少しだけ歩こうと思い、ぼろぼろのみっともない靴を履いて、外に出る。
ああ、金が欲しい。
無職。お金は国からもらっている。それで煙草を吸って、酒を飲んで、まったく――。
しかし。
しかし?
言い訳はやめだ。そして、どうでもいい自己否定も。
悪いことなど一つもない。金がない? だからどうした。金などあるところにはごまんとあるじゃないか。私は罪など犯してはいない。いや、むしろ、真面目に生きてきたのだ。誰にも迷惑を掛けず、人にやさしく、質素に、地味に、寡黙に、調子に乗らず、日々の憂い目をものともせず、それでいて、――清貧。
空。一筋の雲。赤みが徐々に薄れていく。穴の開いたズボン。差し込む視線。ポケットをまさぐる。指先に触れる箱。
夢じゃない。
日の昇る空を見上げながら、煙草に火をつける。煙が空に吸い込まれていく。その中に、きっと私の人生も――。
――いや、いや、よせ。
煙草を捨てる。目をこする。道路沿いの植木に唾を吐こうかと思ったが、辞めた。私は、そういう人間なのだ。少し、蟹股で家に帰る。もう寒くない。家に帰ったら、また、夢を見よう。お金の夢。それは、夢。そう、ただの夢。
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※2021年10月の作品です。
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