優しさが、自分の心を救う
「人に優しくすることで、自分の心が救われる」
これは、NHKで孤独死をした人の部屋の掃除をする遺体整理人の小島美羽さんの言っていた言葉だった。
介護の仕事も、どっちかといえば人に優しくする仕事。
当時、訪問先に認知症がひどく、時間の感覚が、現在ではなく過去を生きているおばあちゃんがいた。
子供は、もうとっくに成人なのに、いつまでも、「私の子供が学校からかえってこないの!」とか
旦那さんは、何年も前に亡くなっているのに、「お父さんが帰ってこないの!」といつも訴えていた。
このおばあちゃんの仕事は、夜の20時にオムツ交換に行くことだった。
台所の食卓で、車いすに座ってご飯を食べている。その洗い物をして、車いすから寝室のベッドまで移動して、おむつを替える。
でも、日に日に足腰が弱っていき、最後は立つのも難しく、立ち上がるのに、イライラして、そのイライラをヘルパーにぶつけることもあった。
「あんたが、横でワーワー言うから、立たれないじゃない!」
とか
「足が痛くて、立てない!なんとかして!」と言う。
でも、抱えると、人に触れるのも嫌らしく、抱えると「怖い!」と絶叫しながら、ベッドに移す。
こんな時、ヘルパーは一人だ。だから、施設のように、他の職員に助けを呼べないのが辛いと思ったことはなかった。
離婚する前までは、このおばあちゃんと接して、ギャーギャー言われると、正直イライラして、「ベッドで寝たいんやったら、我慢して!」ときつい口調で言ってしまっていた。
離婚して、自分の心が傷ついて、自分に自信も何もなくなった時、「人に優しくすることで心が救われる」と聞いて、このおばあちゃんの立場になって考えようと思った。
このおばあちゃんは、在宅で一人きりで、テレビも何もない部屋で過ごす。
たまに、このおばあちゃんの頭の回路も現在につながるときがあって、「私の頭、たまにぼんやりとして、おかしくなっていっている気がするの」と悲しそうにつぶやく。
結局、感情の起伏が激しいのも、パニックを起こすのもすべて不安が原因。このおばあちゃんの不安をかき消すなら、どんな言葉がいい?と考える。
自分なら、何を言われたいと考える。
立ち上がりの時、「怖い」と言う。
時間がない時は、今までは、自分も焦って、「ベッド柵に手をもって」とか
「早く立って!」と言っていた。
でも、それを言わずに、何も言わずに立つのを待った。
時間がない時もあったけど、そこはグッとこらえて、とりあえず待った。
すると、「何ボーと突っ立てるの!」と言われる。
でも、なんとか自分で立とうとしているので、お尻をグイっと持ち上げる。
もちろん、足腰はフラフラしているから、こけないように、お尻を支える。
その時に、「絶対こけないから、大丈夫!」と声をかけると、安心してくれるようで、座れた後は、「ありがとうね。トロトロと動いてごめんね」と言ってくれた。
オムツ交換の時も、不機嫌なお年寄りがご機嫌になる言葉を連発する。
とにかく、このおばあちゃんの不安な気持ちを少しでも、取り除くために、
「足が痛いのに、頑張ったね」とか「ずっと、車いすに座ってるとしんどいね」とか、共感する言葉を言うようにした。
すると、1か月後、「私、あなたの顔は覚えていないけど、あなたの優しい雰囲気だけは、覚えてるよ。あなたが、来てくれると、私は嬉しい」と言ってくれた。
離婚で人生失敗した自分にとっては、
認知症のこのおばあちゃんの言葉に大きく救われた。
思わず涙が出た。
「人に優しくすると、心が救われる」て、本当だなと思った。
いま、このおばあちゃんは、施設にいる。
テレビもない、在宅の1人暮らしが桜の咲く季節に終わりを告げた。
認知症になると、何も分からないわけではない。認知症になっても、優しい気持ちは伝わることを教えてくれた貴重な時間だった。
認知症になっても、私の心を救ってくれたこのおばあちゃんが、いまは、施設で楽しく、笑って過ごしてくれていたらと願う。