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『牢獄天使城でカリオストロが見た夢』の感想を書いてみた

叡先生の講演を見た感想です。備忘録にそのまま書いています

なーんだ人間って人間の皮着てそれらしくしてるだけじゃん

なーんだ人間って人間の皮着て人間らしくしてるだけで中身はみんな大暴れ感情向上無常愛情溢れた化け物じゃん。なーんだ私だけ荒れ狂う大蛇心に抱えてたと思ってた。なーんだなんだ安心した。みんな一皮脱いだらそうだった。心がしんどすぎて泣き叫び喚いていた私となーんだ似た者同士じゃん。

ちょうどこの日の朝、メンタル的にきつくて泣き出すし喚き出すし、自分を自分で制御が全くできなかったのです。

何で私だけこんなに大変なんだろうって思っていたけれど、こういう生ものに触れるとみんなの中にあるもので、日常のわたしたちは人間の皮を着て人間のように振る舞っているだけなんだな。

みんな心の中に大蛇でもライオンでも獣でも飼って生きているんだなと感じた。

叡先生のソロ

叡先生、歩くのもままならないのにあの踊りができること本当に只者ではない。
あのエネルギー、鼓動、空気、全てが逸材、秀才、天才、圧巻、魅力、無重力

感無量

みつたけさんに叡さんの踊りも見たことないのによくダンス学校にきたよねと言われた本当の意味がわかった。こんな、なんだろう生物そのものというか、いや生が亡くなった物体肉体含めてそのものをそのまま表せる表現者なこと、知りませんでした。

それも知らず飛び込んだダンス学校。
知ってしまったか故の恐ろしさもある。

そしてダンサー演出家、出演者の皆さん、生き様や息遣い、エッセンシーな現場をどうもありがとう。血と涙が通う場所であったことに間違いはないと思います

久子さんの朗読

それから久子さんの朗読。
闇堕ちした自分がぶり返しそうになりました。
あの瞬間だけちっとも焦点が合わなかった。会場がぼやけて見えていました。
視力を使えなかったのか、視覚神経と脳が処理できなかったのか、天使館で踊っていると時々感情や感覚に意識を寄せると視力が弱るその感覚になりました。

ダンスをただ”観る”のではなく、その場にただただあるという、ただそれだけなんだけれども、

とてもそのままで、石生手で、ゴツゴツガツガツ、自分の心の底がぐわぐわと煮えるような、そんな場所でした。

私ももっとグワグワとミシミシと踊りたい。



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