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【演劇】『背信』稽古中。自分の癖に立ち向かえるか?

夜に考えごとをするのは控えること。
続けるには完璧を求めすぎないこと。
洗い物はすぐやったほうが良いこと。
稽古場には水筒を持っていった方が良いこと。(節約!…ついにコンビニで白湯を買ってしまった。)
毎日当たり前なのにできないことが多いなあ。


 さてさて、『背信』の稽古。1月16日の顔合わせの後、改めてこの稽古会で何を得たいのか考えた。
自分の思考や演技の癖を見つめ直したい➖
また、今は強度を持ちつつ再現率をあげることを意識している。演出家や共演者と話し合って作った道を太く大きく強くするのだ。 

変化と壁
 自分の芝居をなるべく客観視していく。良い変化としては、以前から課題だった「はじめにくい出だし」を少し乗り越えたように感じている。最初は、このシーンこんなセリフからいきなり始めるの??とビビっていた。が、稽古でシーンが始まる前の登場人物たちは何を話していたか話し合いをして、軽いエチュードをしたので安心して始められるようになった。一方で壁も。演じるシーンはいくつか大事なポイントを通ってゴールに向かうので、そのポイントを逃すと2人の間に生まれるはずのヒリヒリ度合いを保つのが大変。ポイントをクリアするために感情の着火をわざわざ狙ってしまった日があった。
戯曲は地図だし私はGoogleマップに頼りまくり人間だ。
    
遠慮と演技をしない演技 
 初回稽古の時に本読みをしていると謎に場に深夜感が漂った。このシーンは午後なのに。振り返ると自分が相手に声のトーンを合わせようとしていると気がついた。話し方の男女差が関係あるかと思ったが、多分、役として相手に遠慮しすぎていたのだとわかった。息の使い方で遠慮をなくす、呼吸を深くすることを意識することにした。それから私のやっているエマが相手役から言われたことに傷つきすぎて、そこからの返答に時間がかかっていた。これだといらない間も生まれてしまう。また声が語尾までコントロールできてない、バリエーションが少ないなどの癖にも気づいた。
 うーん、芝居は頭を使うが、頭ばかりでは。もっと解き放たれたい。なんだか最近の稽古は演技をしない練習をしてるようだ。でも今回は考え抜いて手に入れたいものがあったんだったっけ。はあ、いったり来たりだ。

小道具とミザンス
 相手を動かそうとする台詞はブレない。相手を動かそうとする時、私は声にその態度が乗る。相手役の方はミザンスで提案してくれる。あと小道具の使い方が上手。真似して他のミザンスを試そうと思い、客席が真正面に見えるポジションに座った時、心が動いた…!私は客席を向くのことが好きなのかもしれない。

おまけに参考図書
『男同士の絆』という本を見つけ、1章だけ立ち読みした。ホモソーシャルとホモセクシュアルについて、特にホモソーシャルという視点に改めて驚く。
その後なぜ人間が不倫をするのか興味があり、『はじめての不倫学〜社会問題として考える〜』を読んだ。ずっと気になっていた『私とは何か 個人から分人へ』では特に恋愛について書かれた部分がちょっと心をかすった。どの本も他の作品でも参考になりそうだ。『蓼食う虫』も読んだ。芝居をする時参考図書を漁るのは、私の癖というか習慣だ。

戒め
 自分はシンプルに構造を整理することが頭から抜けがちなんだとわかった。読解、解釈を深読みしすぎないこと!


稽古をしているとそんなの当たり前だよ、に何度も立ち返ることになる。
成長してないと思ってしまう時は螺旋階段を思い出す。戻っているようできっと上がっているのかな。たぶんな。
帰宅すると疲れる。
湯船に浸かるのはいつだってさいこー!!なのに
当たり前に今日も面倒くさい。

次は最終日の記録を改めて。

おしまい。


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