星芒鬼譚33「わかってねーな、ヒーローってのは遅れて登場するもんなんだよ!」
扉の先には一筋の光も許さぬような闇が広がっていた。
その中に青白い輝きをまとった玉藻と、傍らに跪く何者かの姿がぼんやりと浮かび上がる。
白に紫の襲、金色の装飾があしらわれた美しい狩衣。
覚えがあった騰蛇は目を見開いた。
跪いていた人物が顔を上げる。
晴明であった。その顔に表情は無く、まるで能面である。
あの狩衣は平安の頃、好んで晴明が身につけていたものだ。
悪趣味なことをする。騰蛇は小さく下唇を噛み、玉藻を睨みつける。
「遅かったではないか。待ちくたびれたぞ」
玉藻は目を細め声を弾ませると、一同を見回した。
「おや?頭数が足りないようじゃが」
「あんまり待たせるわけにもいかないでしょう。お前も、晴明さんも」
道満の言葉が合図になったかのように、全員が身構える。
赤い眼をぎらりと光らせ、玉藻が九本の白銀の刃を呼び出す。
「良いだろう、全員まとめて捻り潰してくれる」
道満を襲う刃たちをヴァンヘルシングが銃で、カーミラがボウガンで撃ち落とす。
同時に晴明が騰蛇目がけて飛び出してきた。
イヅナがあっと思ったときにはすでに騰蛇は晴明を受け止める形になっていた。
騰蛇ですら、避けるのが間に合わなかったのだ。
その素早さはおよそ人間のものとは思えなかった。
「晴明様!どうか目を覚ましてください!晴明様!!」
腕に縋る騰蛇の叫びにも、晴明は顔色ひとつ変えなかった。
こんなに傍にいるのに、ずっと一緒にいたのに、自分の声は彼には届かない。
それがただ悲しく悔しかった。
騰蛇の瞳に絶望が浮かんだその瞬間、イヅナが横から晴明に飛び蹴りを食らわせた。
思わぬ方向からの攻撃にさすがの晴明も体勢を崩した。
縋っていた腕が離れへたり込んでしまった騰蛇の肩を掴み、立ち上がらせる。
「アホ!話でなんとかなる状態じゃねぇだろうが!とにかく今は抑え込むぞ!」
騰蛇の目には涙が溜まっていた。
イヅナはそれを見ないふりをして晴明に向かってありったけの暗器を放った。
…状況を見誤ったのかもしれない。
道満はやっと玉藻に一撃を食らわせたとき、頭の片隅でそう思った。
敵はたった二人だ。しかし、あまりに手強い。
そしてこちらに加勢があるとすれば、生身の探偵三人…いや、多くて二人か。
彼らもそれなりに疲労した状態でここへ辿り着くはずだ。手負いの可能性だってある。
―――俺たちに勝機はあるのか?本当に?
そんなことが脳裏を掠めた瞬間、玉藻が道満の首を掴んだ。
いつの間にこんな至近距離に入り込んだのか。油断した。
爪が皮膚にめり込む。息ができない。
ヴァンヘルシングとカーミラは玉藻の放った白銀の刃に苦戦を強いられている。
イヅナの暗器は晴明にいとも簡単に弾かれ、晴明はなおも騰蛇を標的にしていた。
まずい。
道満の意識が途切れそうになったその時、目の前を刃が掠めた。
一気に肺に空気が入ってきて、道満は咳き込んだ。
騰蛇に向かう晴明を止めきれなかったイヅナが騰蛇の名を叫んだ時、かまいたちのような風が駆け抜け、晴明を弾き飛ばした。
モッズコートの裾がはためいた。
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