星芒鬼譚1「どうにかして探してほしいんです。九尾の狐を」
京阪線の駅から少し歩いたところ。
あまり人通りも多くない通りの一角に、その探偵事務所はあった。
寂れた三階建のビル。
一階は昭和の遺物のような、営業しているのかどうかも外からではわからない、古びた喫茶店。
その二階部分の壁には、小さな看板が申し訳程度にくっついている。
【源探偵事務所】
喫茶店の脇にある薄暗い階段を登った先には、磨りガラスのはめ込まれたドアがあり、
ゴシック体で書かれた探偵事務所の名前はところどころ剥げかけている。
磨りガラスの向こうに明かりが灯っているところを見ると、どうやら中には人がいるらしい。
部屋の真ん中には一対の革張りのソファとローテーブル。
奥にはデスクがどんと置かれている。
そのデスクにジャンプを広げた状態で突っ伏しているのが、この探偵事務所の所長、源光太郎である。
規則正しく肩が上下しているところを見ると、どうやらうたたねしているらしい。
つけっぱなしのテレビからは、ニュースが流れている。
「光太郎」
隣の部屋から女が現れた。
光太郎の助手であり、探偵の渡辺夏美だ。
書類の束を抱えたまま、もう片方の手ではスマートフォンを操作している。
返事がないのを不審に思い顔を上げた夏美は、もう一度声をかける。
光太郎がその声に反応してもそもそと動く。
「んー、何〜…」
あくびまじりの光太郎に、夏美は不機嫌な顔をしながら用件を伝える。
「この間の浮気調査の書類できたぞ。確認を頼む」
光太郎は目をこすり、だるそうに伸びをしながら声を出した。
「持ってきて〜」
夏美の眉間にぐっとしわが寄る。
書類の束をローテーブルに乱暴に置くと、ソファにどかっと腰を下ろし足を組んだ。
「断る。自分で取りに来い」
一度カチンとくると、夏美はてこでも動かない。
光太郎もわかっているくせに自分のペースを崩さないものだから、こうなるともう平行線だ。
「おいなんだよそれ、俺は所長だぞ。所長にそんな口聞いていいのか?」
「業務時間中に寝ているような男に言われたくない」
「ちょっと仮眠してただけだろ、いちいちうるせーな。お前なんかクビにしてやる!」
夏美が長い髪をかきあげ、光太郎を一瞥する。
元々きつい目元がさらに鋭さを増している。
「私をクビにしたら困るのはお前だろ、いいのか?」
「…お前なー!」
言うに事欠いて立ち上がった光太郎と、受けて立つと言わんばかりに睨みつける夏美の間に
すかさず若い男が割って入った。
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