星芒鬼譚12「この街の平和は僕たちが守るのです!」
源探偵事務所の社用車は、鞍馬山へと向かっていた。
わずかに開けた窓から入ってくる風に、ひよりの頭の上の耳がぴこぴこと動く。
「いや~、狸に化かされたのは初めてでしたよ」
助手席の光太郎がバックミラー越しに見ながら言った。
ひよりは邪魔にならないように前に抱えた大きなしっぽを、きゅっと抱き締めた。
「隠していてごめんなさい。でも、探偵さんなんにも聞かないんですもの」
「普段から人間の姿で生活してるんですか?」
その隣に座っている武仁は、頭の上の耳をじっと観察していた。
視線に気づくと、ひよりはそっと耳を手で覆った。
「ええ。狸のままでは生活できる場所が随分減ってしまいましたから」
「へぇーっ!」
目を輝かせる武仁に、光太郎は冷めた視線を投げ掛ける。
「平成狸合戦ぽんぽこ観てないのお前?」
「えっ?あれノンフィクションだったんですか?」
今まで黙って聞いていた夏美が口を開いた。
「当たり前だろ、失礼だな」
「え?…そうなんだ」
武仁は頬をかいた。
慣れた様子で車を止めると、夏美は車のドアを開けた。
車を下りると、すでに迎えが来ていた。
月明かりに照らし出されたのは若い天狗で、一見強面だが、爽やかな笑顔で迎えてくれた。
鞍馬山の奥の奥、一般には知られていないが、大きな屋敷がある。
そこへの道は、天狗衆しか知り得ない。
結界で保護されていることもあり、知らない人間には決してたどり着くことのできない場所だ。
歩いて数分といったところで、突如目の前に現れた屋敷を見て、ひよりはぽかんと口を開けてしまった。
こんな大きな屋敷であれば、遠くからでも見えるはずだ。
ほんの数秒前までは立ち並ぶ木々しか見えていなかったのに、どうしたことだろう。
「驚きますよね、わかります。結界の力なんですって」
武仁が小声でフォローした。
道案内をしてくれた若い天狗は、玄関の中に全員を招き入れ、戸を閉めるとどこかへ消えた。
光太郎は靴を脱いで、ずかずか廊下を歩き出す。
夏美、武仁にひよりも慌ててついていく。
屋敷の中にはたくさんの部屋があり、どの部屋にも何かがいる気配がした。
一番奥の部屋にたどり着くと障子を開けるなり、光太郎は片手をゆるく上げた。
「よぉ、鞍馬」
奥の文机に向かっていた老人が振り向いた。
赤い顔に長い鼻。
この屋敷の主にして天狗の大将、鞍馬である。
「おお、よく来たな」
鞍馬の隣には、緑色の皮膚に頭の上には皿をのせた少年が正座していた。
少年は光太郎を見ると、目を輝かせて立ち上がった。
「光太郎殿!お久しぶりです!!」
「太郎丸、元気にしてたか?」
嬉しそうにまとわりつく少年、太郎丸をいなしながら、光太郎は部屋へと上がる。
それに武仁が続き、ひよりは少しためらいながら上がった。
「そちらさんは?」
鞍馬が、かけていた眼鏡をずらしてひよりを見つめた。
その目つきの鋭さにひよりは息を飲んだ。
「貍塚ひよりさん。依頼人なんだけどわけあって一緒に来てもらった」
光太郎の説明と共にひよりがぺこりとお辞儀をした。
鞍馬は急に目尻を下げ、座布団に座るよう促した。
その様子に小さくため息をつき、夏美は部屋に上がりながら障子を閉めた。
面白いなと思ってもらえたらサポートをお願いします。 執筆の際のカフェ代や、記事を書くための取材の予算として使わせていただきます!取材先に心当たりがあればぜひ教えてください(ここが面白そうだから行ってみて!とか)