星芒鬼譚36「ほら、だからお前が必要なんだって」
「本っ当にすみませんでした!!」
事務所に入ってくるなり、スライディングのような勢いで武仁は土下座をキメた。
ドアベルがガランガランと激しく鳴った。
デスクでジャンプを広げていた光太郎は「おー」と気の抜けた返事をした。
切れたあとのある口の端や、頬に貼られた脱脂綿が痛々しい。
「体はもういいのか?」
「はい、おかげさまですっかり」
夏美が土下座状態の武仁の頭を書類でぽすっと柔らかく叩いた。
「なら休んでた分しっかり働いてもらおうか」
書類を受け取りながら武仁は顔を上げる。
「それはもちろん!なんですけど、その前に…」
光太郎と夏美がはてと首を傾げると、武仁は床に正座して姿勢を正し、咳払いをした。
いつまで床に座ってんだこいつは、と光太郎は思った。
夏美はとりあえずソファに腰かけた。
「あのですね、今回本当にご迷惑やらご心配やらおかけしたと思うんですよ」
「そりゃまあ、な」
「なので、何かこう、禊的なね、そういうものをしたいと思ってまして」
「ほう、ずいぶん難しい言葉を知ってるんだな」
感心したような声を出した夏美に対し、光太郎は目をぱちくりさせている。
「ねぇ禊って何?」
「お前はググれ」
夏美に一蹴されて光太郎が口を尖らせた。
「いやまあ禊っていうか、罰って言うんですかね…何がいいですかね。とにかく、俺何でもします!」
武仁は腹を括っているようだった。
光太郎がいやに静かなので、夏美がちらりと見やるとスマートフォンで何やら検索している様子だった。
“禊”を本当にググっているのか?いや、そんなわけはない。じゃあ何を?
「何でもっつったよな?」
スマートフォンから目を離すと、光太郎はニヤリと笑った。
「い、言いましたけど」
嫌な予感がして武仁は少し身を引いた。
「よし。じゃあ罰として…俺に特選都路里パフェを奢れ」
「はい!…はい?」
思わず聞き返してしまった。
光太郎が呆れた顔をして、スマートフォンの画面を武仁に見せる。
「だから、特選都路里パフェ。この一番高いやつ」
そこには茶寮都路里のイートインメニューが表示されていた。
抹茶のソフトクリームの脇に、黄色い栗の甘露煮と抹茶のカステラのようなものが載っている。なんだか盛沢山のパフェだ。1441円也。
「え?ちょっと待って、安っ!!」
「いや、パフェでこの値段は高いだろ」
横から画面を覗いていた夏美がすかさずツッコむ。
「まぁたしかにそうですけど…え、そんなんでいいんですか!?どういう神経してんだこの人」
思わず口から本音がこぼれ出てしまうほど武仁は衝撃を受けていた。
本気でそれを今欲しているのか、それとも自分を気遣ってのことなのか。どちらでもあるような気もするし、単純に食べたいだけのような気もする。読めない。
「なんだよ、不服か?」
でも、嫌な感じはしない。そういうところが憎めないというか、居心地が良いのだ。
「いや……わかりました、奢らせていただきます」
光太郎が嬉しそうにガッツポーズした。
まぁ、喜んでるしいいか、と武仁は思い、夏美さんは…と口を開きかけたとき、夏美が腕組みをして言った。
「なるほど、だったら光太郎、お前も私に対して禊が必要なんじゃないか」
「だから禊って何?」
「だからググれって言ってるだろ、スマホ持ってるだろうが」
この不毛なやりとりすら、なんだか懐かしいような気がした。
武仁は自分の頬が自然に少し緩んだのを感じた。
「今回はソワレのゼリーポンチフロートで勘弁してやる」
今度は夏美がスマートフォンの画面を光太郎に突きつけた。
透明なソーダの中に、さいころのような形をした色とりどりのゼリーが沈んでおり、上には丸いバニラアイスがのっかっている。850円也。
結構かわいいものが好きなんだな、と武仁は光太郎と一緒に画面を覗きながら思った。
「いやだからなんで!」
「自分の胸に手を当てて聞いてみろ」
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