星芒鬼譚13「これは失礼したな。我が名は玉藻。いずれこの世のすべてを手に入れる者」
悟浄と八戒は、緑の中を歩いていた。
八戒はタピオカのカップを片手にご機嫌な様子でずんずんと進んでいく。
悟浄も同じカップを持って周りを見回しながらついていく。
と、八戒が急停止し、その大きな背中にぶつかった悟浄は一人で弾き飛ばされた。
「ぐわっ」
「ねぇ悟浄」
悟浄はよろよろと立ち上がる。
「なんだよ…」
八戒は、神妙な面持ちで振り向いた。
「ここってどこだと思う?」
悟浄は思わずずっこけた。ずっこけてから、一回深呼吸をして、八戒に向き直った。
「…え!?お前どこ歩いてるかわかってるんじゃなかったの!?」
「わかるわけないじゃない。初めて来たんだから」
ド正論である。これには悟浄も頷いてしまった。
「うんそりゃあそうだな。って納得してる場合じゃなーいっ!」
八戒のお腹に渾身のツッコミを入れるが、ぽよんと押し返されてしまう。
「え?じゃあ何?俺たち迷子ってことぉ!?」
「人はみな、愛を求めて彷徨う迷子だから…」
当の本人はなんだかわからないが目と眉を近づけている。
「何言ってるの?そういうのはいいんだよ今!!」
なぜか照れ笑いをしてお腹を撫でる八戒に、悟浄はマイルドに殺意を覚えた。
が、仲間割れをしている場合ではない。
「えーマジか…人に聞こうにもこんな森の中じゃあ…」
「ねぇ、変なこと言っていい?」
お前さっきから変なことしか言ってないだろうが!と喉元まで出掛けた言葉を飲み込んで、悟浄は「はいどうぞ」と促した。
「あのね。さっきからずっと景色が同じ気がするんだ…」
八戒の言葉に周囲を見回す。何の変哲もない、よくある森である。
「そんなわけないだろう、世にも奇妙な物語じゃあるまいし」
悟浄は鼻で笑うと、八戒を追い越して歩き出した。
とにかく人を探して道を聞こう。旅の恥はかき捨てだ。
八戒はぷーっと頬を膨らませたが、とりあえず悟浄を追いかけていく。
***
「…マジだ」
数分後、悟浄は地面にうつ伏せに横たわっていた。
何度進んでも同じ場所に戻ってきてしまい、最終的に後ろから走ってついてきた八戒に追突されてこの有り様だ。
「たしかにまっすぐ進んだはずなのに!!」
「だから言ったじゃない」
ごろんと仰向けになって叫ぶ悟浄を見下ろしながら、八戒が言った。
悟浄は勢いよく跳ね起きると、土埃で茶色くなった顔のまま一気に捲し立てた。
「大体誰のせいでこんなところに迷い込んだと思ってんだよ!いい加減にしろよこの豚!!」
八戒は降参とばかり両手を挙げながら、眉毛を八の字に下げた。
「まぁほら、終わったことをどうこう言ってもねぇ」
「それは本来お前が言う台詞じゃないからな!それだけは違うからな!ああもうどうしたら…」
瞬間、ざあっと突風が吹き、木々を揺らした。
あたりが薄暗くなり、冷たい霧のようなものが立ち込めてくる。
二人は自然と身構えた。
「ねぇ悟浄、これって…」
「ああ…妖気だ。こんなに濃い妖気が急に…」
嫌な感じが背中を、首筋をぞわぞわと伝ってくる。
悟浄が八戒を見ると、八戒も悟浄を見た。
同時に振り返った二人は声を上げたが、その声は突風にかき消されてしまった。
面白いなと思ってもらえたらサポートをお願いします。 執筆の際のカフェ代や、記事を書くための取材の予算として使わせていただきます!取材先に心当たりがあればぜひ教えてください(ここが面白そうだから行ってみて!とか)