星芒鬼譚16「取引成立だ。よろしくな、相棒」
鞍馬の屋敷からそっと抜け出した武仁は、石段に座っていた。
灯籠の明かりも消え、あたりは真っ暗だ。
夜風が頬を撫でるのが気持ちいい。
眼下には、中心地の夜景がちらちらと光っているのが見える。
もう何度目だろうか、手元のスマートフォンを確認すると、武仁はため息をついた。
わかってはいたが、やはり夏美からも光太郎からも連絡は入っていない。
「ここにいたんですね」
振り向くと、ひよりが立っていた。
「…大丈夫ですか?」
心配そうに覗き込まれて、武仁はあわてて下を向いた。
「あ、さっきはすみませんでした。もう良くなりました」
それならよかった、と微笑むと、ひよりは武仁の隣にそっと腰を下ろした。
虫の声だけが聞こえている。
「…光太郎さん。きっと、心配なんだと思います」
顔を上げると、ひよりが困ったような笑顔でこちらを見ていた。
大丈夫かと聞いたのは、どうやらさっきのめまいのことではなかったらしい。
《武仁、お前もここに残れ》
《相手が相手だ。命令を無視するやつは連れていけねーよ》
光太郎の声が頭の中で繰り返される。
九尾の狐と対峙したとき、動けるのが自分だけでやっと役に立てると思った。
命令を無視したつもりなんてなかった。俺の言い分くらい聞いてくれたっていいのに。
思い出しただけで、胸がずきずき痛んだ。
でも、貍塚さんに心配をかけるわけにはいかない。
武仁は無理やり笑顔を作った。
「…大丈夫ですよ、気にしてないですから」
急にひんやりした風がどこからともなく吹いてきて、二人は身を縮めた。
「見つけたぞ、子狸。それに小僧」
這い寄るようなその声にはっと振り返ると、女鬼を従えた玉藻がたたずんでいた。
「九尾!?」
「どうして…!」
武仁はとっさにひよりを背中に隠し、腰に差していた短刀を抜いて構えた。
その切っ先が少しだけ震えているのを見て、玉藻は目を細めた。
「ふふ、ちょうど良い。二匹まとめて我が礎となれ」
玉藻の後ろから射出された白銀の刀が二人に襲いかかる。
思わず目を瞑った瞬間、鋭い金属音が響き渡った。
「間に合ったようですね」
「間一髪といったところじゃな」
武仁が目を開けると、そこには太郎丸と鞍馬の背中があった。
それぞれ、円月輪と六尺棒で刀たちを蹴散らす。
ひよりがほ、と小さく息を吐き、玉藻は小さく舌打ちをした。
「なんで九尾が…」
鞍馬が六尺棒を玉藻に向かって構え、太郎丸は女鬼をけん制した。
「警備に当たらせていた若い衆が皆やられておった」
「結界も破られていました。ここまで力を強めていたとは想定外でした」
太郎丸の言葉を聞いた玉藻が唇を歪めて嘲笑った。
「遅かれ早かれ、いずれは皆我のものとなる」
鞍馬の目が鋭く光る。
「戯けたことを。これ以上貴様の好きにはさせん!」
襲いかかる刀たちを弾き飛ばし、また別の刀を掴むとへし折り、鞍馬は玉藻へと向かっていく。
そのさまに武仁はすっかり圧倒されてしまった。
普段の鞍馬は好々爺といった感じで、光太郎や夏美ともまるで親戚かのように親しく接していたし、天狗の中でも偉い存在だとは聞いていたが威張った態度をとるのを見たこともなかった。
しかし、これが鞍馬の本来の姿なのだ。
武仁に向かって飛んできた刀を太郎丸が円月輪で素早く弾いた。
「武仁殿、離れていてください。危ないですよ」
ひよりを連れ、木の陰に身を隠す。
まるで心臓が耳のすぐ横にあるかのように、どくどくと鼓動がうるさい。
太郎丸も、普段は勉強大好きなインドア派の少年といった様子だったが、いざとなれば鞍馬と一緒に戦えるだけの力を持っている。
それに比べて、俺は…。
武仁は目の前が暗くなるような気がしたが、頭を振って息を短く吐くと、短刀を握り直し玉藻へ向かって走り出した。
「よぉガキ。俺と遊ぼうぜ」
女鬼が声と共に斬りかかってくる。
なんとか短刀で応戦するが、やはりその力に圧倒されてしまう。
ひよりは木の陰で息を潜め、動向を見守っている。
一方、鞍馬の奮戦により玉藻はかなり追い詰められていた。
太郎丸との連携で一本、また一本と白銀の刀を破壊し、鞍馬の六尺棒がついに玉藻の喉元に突きつけられた。
「なかなかやるのう、老いぼれめ」
玉藻は下唇を噛んだ。
六尺棒を突きつけたまま鞍馬が睨む。
「これでも日本妖怪を束ねる天狗の大将じゃ。舐めてもらっては困るわ」
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