「分かりやすさ」とは「フォース」である。
自分の仕事の「理想」の話をします。
僕は、「世の中をもっと分かりやすくしたい」という、淡い気持ちで活動をしています。
世の中が複雑になって来ている。というより、いつの時代も世の中というのは複雑なのかも知れませんが、
人類の知恵に関して言えば、歴史の中で「増える」ことはあれど、「減る」ことはありません。
なので、我々は、常に「人類史上もっとも知識が飽和した状態」を生きていると言えます。
しかし、それに合わせて人間の脳のキャパが増えるわけではありません。
ということは、人が学習できる量はさほど変わっていないのに、世の中の知識はどんどん増えていることになります。
個人的に、ここに注目をしています。若干ですが。
普段の生活から、ビジネス、あるいは政治まで、人はなぜ、誰かに騙されたり、判断を誤ったりしてしまうのか。
そこには色々な要因があると思いますが、そのひとつに、上記に挙げた「脳のキャパ vs 現実で見るべきものの多さ」の無謀があるような気がしています。なんとなくですが。
特に、昨今熱を帯びている陰謀論なんかは、人類の「バグ」をすごく感じます。
個人的な経験則ですが、人は、知識を得れば得るほどに、何においても「断言」が難しくなると考えています。
正直、「分かりやすさ」と「断言」は非常に相性が良いので、今勢いで書いているこの文章の矛盾を自ら感じずにいられませんが、
例えば、昨今熱を帯びているもうひとつのアクティビティ、「投資」で言うと、
「自分には難しくて理解できない」→「誰かの助言を信じよう」という、至極単純、そして、至極愚かな選択肢を、しかし取ってしまう人が一定数現れる。
他にも、(あまり具体的なことを言うのも憚られますが、)健康やダイエットの文脈で流行的に現れる商品も、そのほとんどは根拠のないものです。
顧客の知識の無い部分に漬け込み、極めて限定的で、好都合な「作り話」をもってして、その財布を開かせる。
最近、質問箱で「ビジネスと詐欺の違いは何ですか?」と聞かれましたが、「合法か、違法か」と言う以外に言いようがないほど、両者は切迫していると思います。
そんなところに現れたビックモーター事件。正直、笑うしかありません。そして、ただただ悲しい。
自分で文章を書いていて、何となく見えてきました。
「分かりやすさ」とは「フォース」みたいなことなんでしょうか。
フォースには、ライトサイドもあれば、ダークサイドもある。
そして、ダークサイドに堕ちる方が遥かに簡単である。。
僕は「分かりやすさ」のライトサイドを一生懸命布教し、どんな物事でも冷静に判断できるような社会を作りたいと考えています。