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東京オリンピック2020。折角なら全てをかけるアスリートに精一杯の応援を贈ろうと思う。

東京オリンピックの開催まであっという間に10日を切った。

こんなにも盛り上がっていないオリンピック直前は過去類を見ない。

このコロナ禍での強行開催を歓迎している人は少なく、世界の祭典を楽しむ気持ちになれないほど苦しい生活を強いられている人も多いのだから当然だ。特に自粛自粛で我慢しつづけて限界にきている人たちからすれば、オリンピックだけ特別なのはなぜだ、大会だって自粛せよ、と思うのは仕方がない。

ただ、参加するアスリートに後ろめたい思いを抱かせるような社会の風潮は間違っている。

彼らもまたコロナ禍に振り回されたいわば被害者だ。

そもそも彼らの大半は、私達がコロナ禍で苦しみはじめるもっと前、前回のオリンピックから4年間、いや延期の1年含めれば最大で5年間、この大会に全てを賭けてきている。彼らの中にはオリンピックで活躍しないと今後競技を続けられない、契約が得られない、仕事がなくなる、そんなアスリートも少なくなく、彼らも今人生をかけた戦いに挑もうとしている。

アスリートも、あなたも、わたしも、みんなそれぞれのコロナ禍を戦っている。

確かに開催強行はロートルばかりの政治家のエゴにしか見えず、無観客で開催する国民も直接見られないのであれば、復興もクソもなくただ金持ちのための祭典だ。けれど、開催されるオリンピックの主役は政治家やスポンサーではなく選手たちであって、選手たちが戦う理由はこれまで支えてくれた家族や関係者やファンの人たち、そしてなにより人生をかけて一つのことにチャレンジし続けた自分のためである。そこにはカネや選挙といったどす黒い私利私欲のようなものはなく、1万人前後のそれぞれの選手のノンフィクションの物語の集約だ。人々が危惧するオリンピック前後での感染爆発は、バブル方式で管理されているアスリートたちの責任ではなく、もともと早期の国民のワクチン接種を実現できなかった政府と自粛に我慢しきれず飲み歩いているわたしたち国民の自己責任だ。

参加するアスリートにSNS上で文句を言う人がいると聞く。ではそのあなたは何か一つのことを世界で勝負できるくらい極めたことはあるのだろうか。スポーツを少しでもしたことがある人ならわかると思うけれど、並大抵の努力でなければあの場所に立つことはできない。人の血がにじむまでの努力を否定するほど、あなたはこれまで自分の人生を戦ってきたのだろうか。そういう人ならば、人の背後からナイフで刺すような文句を言うことはまず、ない。

先日、国立競技場の医療ボランティアに向け支給されるユニフォームを取りに行った。「Tokyo2020」の大きいロゴの入ったトートバッグが配られ、それに支給されたユニフォーム等を詰めて持ち帰った。本来であればこれから始まる祭典に向けたドキドキをバッグと共に抱えて帰る予定だったはずが、このロゴを見た誰かから電車内や町中でヘイトクライムを浴びるのではと、違うドキドキを感じながら自宅へ帰った。

医療ボランティアの自分でもオリンピックへの協力や参加を後ろめたく感じる部分もあるのであれば、選手たちの中にも東京オリンピック・パラリンピック2020に出場することを、後ろめたく感じている人もいるかもしれない。 

けれど、わたしは確信している。この類まれなる選手たちがもつパワーが、スポーツが持つパワーが、必ず今の自粛により荒んだ社会をポジティブな方向に変えてくれると。浮世離れした人しかいない政治家には逆立ちしてもできない、人々の気持ちを大きく変えるパワーが選手たちにはあることを。

開催されることが最終的に決まってる以上、どうか大会が終わる頃には、全てをかけて戦ったアスリートたちが、心から東京オリンピック・パラリンピックに参加できてよかったと思ってほしい。そしてどうか社会の荒んだ空気が少しでもポジティブに変わるような追い風が吹いていることを切に願っている。

だから、わたしは彼らを精一杯応援しようと思っている。

頑張れ、日本のアスリートたち。そして、世界のアスリートたち。




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