飯田洋介『グローバル・ヒストリーとしての独仏戦争 ービスマルク外交を海から捉え直す』(NHKブックス、2021年)
『ビスマルク』の著者、飯田洋介さんが、またとてつもないご本を刊行されました。以前から、こちらのフェイスブックで執筆や構成の進捗状況を示唆されておられ、どのようなご著書になるか刊行を楽しみにしていたところ、想像を上回る圧倒的な水準のご著書に。
最近はなかなか、このような迫力があり、緻密で、独創的な著書を、新書や選書などで出されることも減っているような気がします。読みやすい、口述筆記のような、雑誌の編集者出身の方や、ジャーナリスト出身のかた、サラリーマンの方などが一般向けの通史を書くか、あるいは緻密な研究者の歴史家の方が、同業者を意識して専門書と同様な難解な新書を書くか。その両者を均衡させて、読みやすさと、歴史研究の成果を活かした独創性を両立させることは、いうまでもなく簡単なことではありません。
とりわけ、史料公開が加速度的に進む中で、緻密で詳細な歴史研究が学界で歓迎されるなかでは、ますます一般向けの歴史書と、専門家向けの学術書の世界が乖離していくばかりで、それはいわば、その「真空」によって、一般読者はますます、歴史理解を深める機会や意欲を失うのかもしれません。そのような「真空」を埋められる歴史家は、飯田さんや、君塚直隆さんなど、まさに例外的な存在です。
ですので、私は毎年、君塚さんや飯田さんのご著書をゼミのテキストで使っております。その理由は、単に緻密で信頼できる歴史研究の成果でありかつ、読みやすいということにとどまらず、重要な政治学的、あるいは国際政治学的な問題意識が深く掘り下げられているの、政治学や国際政治学を学ぶ学生の皆さんにとって得ることが大きいと考えているからです。歴史学の世界が、より多くの一次史料を利用することの「競争」に特化するような傾向が見られる中で、それに加えて政治学を学ぶ上での重要な問題意識を埋め込まれておられることは、その著書の価値をさらに高めるものであると感じます。それは言い換えれば、君塚さんや飯田さんが、日頃から政治学や国際政治学の研究成果に関心を持って、精通しておられるからかもしれません。
今回のご著書は、「はじめに」と「あとがき」を読むだけで、頭をハンマーでたたかれたかのような衝撃を受けました。これまでの私のビスマルク理解が、音を立てて崩れたからです。今までとは全く異なる角度から、ビスマルクの思想と行動を論じて、さらにそれを実証的な史料で裏づけるその鮮やかな手法が、このような一般向けの読みやすい本に結実するのは、飯田さんの歴史家としてのすごさをあらわしています。
読みやすい日本語で書かれながらも、世界の最先端の学問水準に裏づけられるとうことは、決して容易なことではありません。私は通常、大学院生の皆さんに期待していることを、はるかに高い水準でクリアしたお手本のような一冊です。
他方で、学問の進歩派、多くの場合にそれまでの浅薄な理解や認識を根底から破壊することになるので、これから私の講義の内容をもう一度考え直して、私の皮相的な近代ヨーロッパ外交史理解をアップデートしないといけません。まずは、是非、来年度以降の私のゼミでこちらのご本をテキストとして利用して、未来のゼミ生のみなさんとじっくりとディスカッションをしたいと思っております。いやあ、それにしても、すごい本。
(2021年1月18日記)