出会いたい。
なんて言うと、ゲームアプリや掲示板(古い)に群がる出会い厨みたいですが、そういうことではなくて。いや、まぁそうっちゃあそうなんですけど、出会いたいのは異性に限らず人、人に限らず物。映画、舞台、ダンス、絵画、食べ物、風景、何でもいい。それとの出会いによって、自分の形を知りたい。
役者としていろんな監督や演出家、プロデューサーと出会いたいと思うのは、彼らとの出会いによってまだ見ぬ新しい自分の一面を知りたいと思うところが大きい。人によって自分のどんな面に魅力を感じ、そこをピックアップしてくれるかっていうのは全然違うわけで、もしかしたらそれは自分が今まで意識したこともない面かもしれないし、人には絶対に見せたくない部分かもしれない。
自分が既に知っていて好きなものなんてのは、アンテナ張らずとも勝手に引っかかってくる。だけど、意外とスルーしがちなのが流行りだったりする。人って、特に歳を重ねてくると世間に対する諦観だったり変なひねくれだったりで流行り物からは距離を置きがちになる傾向があるように感じます。自分の形を知って必要なものとそうでないものの仕分けを覚えていくのは大事なことです。何でもかんでもは持って行けないし、そもそも興味の湧かないことに費やす時間も勿体ない。でも、ちょっと気になるけどスルーしそうな、そういうものと出会った時に、自分とどう化学反応を起こすのかっていうことにもとても興味があるんです。自分の中の忘れかけてた記憶を呼び起こしてくれたり好きなもの嫌いなものの理由がはっきりしたりとかってこともあると思うし。
「流行ってるからってそれに乗っかっていくのは嫌い」
先日話した友人の言葉です(大意)。その通り。浅はか。軽薄。付和雷同。でも大勢から興味を持たれ支持されているものって何かしらその時代の空気を切り取ってるというか、親和性があるものだと思う。だから、流行り物に触れるっていうのはある種の確認作業?みたいなとこもある気がして。でも単にその作品と合う合わない、好き嫌いもあるし、別に合わなかったからって時代に取り残されるわけでも、ましてや死ぬわけでもない。でも自分はそれの何が合わなかったんだろうとか、でもあそこは好きだったなとか、そういうとめどないことを考えるのが楽しいですよね。誰に話しかけてんだ。
話の主旨を見失いそうだ。まぁ、あれです。こだわりも色々あるけど、出来るだけ色眼鏡や偏見は捨てていろんなものに出会いに行きたいね、そういう気軽さを持ち合わせていたいね、っていう。そういう。