その建物に染み込んだ時間
「かかか改装をしたいのですが・・・」
店の改装を考え始めてから、何ヶ月もかかって、大家さんに切り出した。
「いいべ、好きなようにやんせ」
あっさりこんな答えが帰ってくるなんて。躊躇した日々はなんだったのか。拍子抜けしながら、「いいんだ、好きなようにやって。」と自分に言い聞かせた。
結のはじまりは、元スナック喫茶の物件を、ほぼそのままの内装で使わせていただいてきた。震災前に、大家さんご夫婦が「赤い屋根」という店を営んでいた。「赤い屋根を借りて居酒屋をやらせてもらってます」と自己紹介すれば、「あー、あそこでやってんのか」と地元の人にすぐにわかってもらえた。
今から4年ほど前、「地元の人と復興作業員さんとが接点を持てる場所をつくりたい」と考えていた私にとって、「ここしかない!」と思えるぴったりの空間だった。赤いソファー、黒いテーブル、薄ピンク色の壁紙、すずらん型のペンダントライト。全てが完璧な「昭和のスナック」!
まっしぐらでこの物件を借りて、収納などを片付けていると、大家さんがとっておいた「赤い屋根」のロゴの入ったマッチとかが、山ほど出てくる。レーザーディスクカラオケが備え付けられており、電話帳のような厚さの歌本が当時のまま保存されていた。この店一番の自慢である「かりんの一枚板のカウンター」については、それを作った大工さんが施工当時の苦労話を語ってくれる。
建物に染み付いたみなさんの思い出に守られて、私は店をオープンした。当時はそれが支えだったし、ベストなあり方だった。
3年が経って、コロナが訪れて、店を休業して、さらに1年が経った。
店舗を辞めることも考えたけど、それはどうしてもできなかった。
今、建物に染み込んだ「誰か」の時間に寄りかかるのではなくて、私自身もここで積み重ねた時間に軸足を置いて、建物の用途とあり方を再デザインしたいと思ってる。
「いいべ、好きなようにやんせ」
今日から私は、市川さんと千乃ちゃんと、店の改装をはじめた。