noteを始めるにあたり、その経緯と軽く自己紹介?
昔から文字に触れるのは嫌いでなかった。
幼稚園では購入できる本をありったけ買い漁って読んでいたし、国語の教科書は受け取った日に全部先読みするタイプ。
小学校高学年になれば六法全書をニヤニヤ読み耽り夜明かしし、中学からは村上春樹や太宰治、夏目漱石などの日本文学をこよなく愛してギターと音楽に心酔し現在(22歳)に至る。
その結果、中学高校では現代国語に限り、偏差値は70越え。
(もちろん世の中はそんなに上手くはいかないので国英数3教科で平均値よりも大幅にマイナス。)
そんな私がまがりなりにも作詞家の道を歩き始めたきっかけは、作曲が趣味の彼女と出会ったことに端を発するのだが、ここでその話をすると長くなるので それはまた 機会があれば。
兎角、その出会いにより発症した言葉探し病のおかげで、言葉や文字、文章に触れていないとどこか落ち着かないし、常に言葉の持つ意味や響き、その場を表現してくれる適切な言葉を探したくなるのだ。
そんな病が嵩じて、どこにも消化される予定のない小説をただつらつら綴っていたとき、
「noteは安全な遊び場である」
と、我が尊敬するギタリスト、新藤晴一さんが呟いておられた。
ほう。そんな遊び場があるのか。それはいい。
それはつまり、こんな散文的な文章をだらだらと綴っていてもいいわけなのだから。
(往々にして物事を始めるきっかけとはそんな程度だ。)
どんなかたちでもいい。兎角、文章を紡いでいることが私にとって大切なのだ。
そんなわけで、行き場の無かった小説や、この程度の駄文を これからも徒然なるままに綴っていこうかと思う。
noteは安全な遊び場なのだから。
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