斐目 結

斐目 結(あやめ・ゆい) 1991年生まれ。慶應義塾大学文学部哲学専攻卒業。同文学研究科哲学専攻中退。Philosophy of Mind 在学時に蚤の市で古物の蒐集を始める。2017年より「まなざし」という名で古物を繋ぎ合わせた装身具の製作を開始する。

斐目 結

斐目 結(あやめ・ゆい) 1991年生まれ。慶應義塾大学文学部哲学専攻卒業。同文学研究科哲学専攻中退。Philosophy of Mind 在学時に蚤の市で古物の蒐集を始める。2017年より「まなざし」という名で古物を繋ぎ合わせた装身具の製作を開始する。

最近の記事

におい

じかに触れなくてもせいぜいに分かるもので ごまかしながら わたしたちは十分に生きれる 画面をスクロールしたらだいたいにそれを美しいとわかり、それが嫌なものとわかる イヤホンをつけたらだいたいにその音を好きとわかり、その声を嫌とわかる においはどうだか たとえばこれから、このお料理の香りはとても素晴らしい、なんて伝えることに スマホからフワアってにおいが噴出される機能とかが開発されるだろうか たぶん、誰も開発しない じかにこの鼻に入り込んでくるものだけで、においというもの

    • 多様性って言葉が嫌いだ

      用事があって時々実家に帰ると、テレビがある。家族が特に観たい番組がなくても、それは一日中光っている。朝起きたら今日の天気とか最近のニュースとか、夕飯の時には流行りの音楽とかドラマとか、世の中の何かしらをその箱はずっと喋り続けている。 エンタメの事なんかは、母の方がずっと詳しい。久々の彼女の手料理を楽しむあいだ、ずっと音楽番組が流れていた。30歳近く年下の私が、『誰この人』と毎度母に質問する。『個性的な挙動で最近人気の歌手らしい』とか、『姿は見せないけどとても歌唱力があって人

      • かつてその身体には、「名前」があった

        学習塾に遅くまで居残って勉強をしていた中学生時代のこと。母が作り置いてくれた夕飯をあたため直し、長風呂をし、髪を乾かす時間にもなれば家族は全員寝静まっていた。深夜一時を過ぎたリビングで最小限の音量に設定した適当なTV番組をぼうっと眺めながら化粧水をはたいたり、髪の手入れをする時間が好きだった。受験勉強で凝り固まった頭がゆっくり解けてゆく真夜中、生意気に優しい孤独の味を占めては、帰宅の時間をどんどん遅めたものだった。 その日も長風呂で熱った顔に化粧水をはたきながら、ぼうっとチ

        • 三月短歌自選

          彼岸の狭目に影揺れる 土耳古桔梗のはらり純白 遠き海想えばふるさとなき躰 液体に目覚めし意識の宿命に溺ゆ かの黒猫おとめに贈りて ことば忘れし祖父イブのよに発つ たましいの葬い願った心は どんな産声を上げたの re-birth in the fluid 古物市に拾ひし十字は青錆 交差接点 触合う指先は一千年のしじまに 微熱にぐずるシーツの糊目は 病床の夏に忘れし命の湿度のくたくた 河津桜 言葉負ひし痛みに早咲 うらら季節へ焦げる躰さみしさ 「空なんて選ばないわ」

          霧雨の街にタクシーは通らない

          昨日は月一の通院日だった。一時間ほど電車を乗ぎ、変な名前の駅に降りる。大きな心療内科は辺鄙な立地の印象が強い。昨年夏に入院していた病院も、最寄り駅から専用バスで20分程の山奥の建物だった。 駅を出ると、生温い霧雨だった。湿気に運ばれてくる錆びの匂いが鼻をついた。「タクシー乗り場」の看板は直ぐに見つけられた。コンクリートの高架下のベンチに腰掛け、携帯で時刻を確認する。診察の予約時間まであと30分程だ。 5分ほど待ったが、タクシーどころか車ひとつ駅の前を通らない。「タクシー乗

          霧雨の街にタクシーは通らない

          人生で初めて占いを受けたお話

          これは数日前、日記に記した文言。 骨折してお仕事を辞めてからも失業手続やら自分の展示やら、結構ノンストップで動き続けていたが、ふとした瞬間に「あれ…?」という奇妙なフリーズ状態が頻発するようになっていた。 それはまるで自分の胸奥に、何かずっと置き忘れてしまっている存在が居るような。貴女は誰なの?どうしてそんなに小さく縮こまっているの? それを知覚すると途端に身体の力が抜け、ベッドに倒れ込んではよく分からない涙が暫く止まらなくなる。 自分自身でこの状態をとき解すのは何だか難し

          人生で初めて占いを受けたお話

          「娘に似てるから」

          骨折して辞めるまで勤めていた会社の、変なおじさんの事をふわふわと思い出している。 スタッフ達の頂点に立ってた御局的な女性上司と散々なやり合いをして、喫煙所でメソっていた時、普段どうりに彼はひょいと顔を出して隣で煙草を吸い出した。 「私と喋ってると此処での立場が悪くなりますよ」と言ったが、特に気にして居なさそうだったのでそのままにした。「これ、娘」とスマホを見せるとこの世の人間とは思えないような超絶な美女が映っていて、しばしの絶句ののち「女優さんとかですか?」と陳腐な質問を

          「娘に似てるから」

          映画館に向かう途中で『哀れなるものたち』を観るのを辞めた訳

          『観てないのに/読んでないのに批判をするな』とはよくある文句だと思う。しかしそれは、自分が触れたくないものについて言語化すること/しておくこと、とは全く別次元の話であると私は考える。批評家の仕事でもしているなら別だけど、1人の人間が受容し、咀嚼可能な世界には限界がある。そしてわたしたちは、自分がその身体のうちへ受け入れる世界について、選び取る権利がある。 元々映画を積極的には観ない人間である。視覚的イメージへの感覚が結構敏感なため、「映像」という形式で脳みそに情報を流入する

          映画館に向かう途中で『哀れなるものたち』を観るのを辞めた訳

          短歌連 『金継ぎ』

          急げ月はじきに丸くなる 掻き回せ忘れるな裂傷のじくじく 星屑の煌めき買っては知る 永遠に照らせぬきみのこころのこと 星屑の煌めき買っては知る シルウェットの黒色 落ち先は知らず 朽ち薔薇を湯に沈めては 錆びぬ皮膚を漬け込む いろ覚えるまで 朽ち薔薇を湯に沈めては 錆びぬ皮膚を漬け込む 経血のにおい 継げば継ぐほど煌めくから 壊しては拾いましたミッドナイトの欠片 真暗闇を返して 貴女のたましいを愛していると告ぐ きみの瞼のグリッターラメひとつ摘む ほとに例はれし貝

          短歌連 『金継ぎ』

          蛇は尾を噛むのをやめた-不完全性倫理学の始動について

          心理学者のカール・グスタフ・ユングはかつて、円環を『最も強力な宗教的象徴』と呼んだ。神という概念が其々の文化内で整理整頓されはじめるずっと前の時代から、最も簡略単純なこの記号は総ての有限の生命たちの憧れであり続けた。ひとつの途切れもない完全性に、僅かな歪みもない絶対性に、終わりなく廻り続ける永遠性に。人間たちは憧れを抱き、崇め奉り、夢を託し続けた。 数日前、装身具作家の私はとある映像作品の企画に参加していた。5人の個性豊かなアーティスト達が集合した。撮影は夜から翌日の朝方ま

          蛇は尾を噛むのをやめた-不完全性倫理学の始動について

          『宿命の冠 - the crown for All woman's delight, pain, destiny, and history』について

          何かに繋がるための身体の部分は、必ず皮膚が裂けているところのようだ。 目-あなたの顔をはっきりと見たいから。 耳-あなたの声を、歌を、聴きたいから。 口-あなたに伝えたいから、触れたいから。 そして 2/2より開催される展示会『甘い追憶』へ出品予定の『宿命の冠 - the crown for All woman's delight, pain, destiny, and history』は、恐らくわたしの手仕事の歴史の中で一番、長い時間をかけて完成に至った作品だろう。作業に

          『宿命の冠 - the crown for All woman's delight, pain, destiny, and history』について

          仕事を辞めました。この世界の見えない境界を跨いでしまったお話

          二ヶ月前のとある日、突然降り掛かった出来事によって長い間しがみ付いていた信念が『逆さま』になった。 通常通りの遅番の出勤日だった。通常通りに午前9時に起床し、朝食の支度をしていた。いつもと違ったことと言えば、前日の深夜 仕事の疲労について打ち明けていた恋人からくすっと笑えるような面白動画が送付されていたことくらい。動画をひと回り閲覧し、ピリピリと張り詰め続けていた脳みそが若干緩和しかけた直後だった。取り込んだまま床に散らけていた洗濯物を避けて廊下を通ろうとしたその時、姿勢を

          仕事を辞めました。この世界の見えない境界を跨いでしまったお話

          転職先が決まり、予定より早く勤務が開始しそうなので、病院に薬を貰いに行く 薬が足りないととても困るから とても身体が痛い。緊張で力んでいた上半身がガチガチに凝り固まって痛い、食いしばった顔が固く腫れていて、ずきずき痛い 今日は随分と気温が下がることを知らなかった。薄着で出てしまった。冷たい向かい風が肌に刺さる、顔を仰ぐ。顔を覆い隠したいのに 日々、身体が痛まなかったら。溢れる不安に泣くことがなかったら。普通に電車が乗れたら、風を切って歩くことが出来たら、心臓が急にバクバ

          春宵

          大学院を辞める旨を伝えに、実家に戻ったときのことをよく覚えている 『普通のことが、出来るよになりたい』て、大泣きして両親に打ち明けた 普通が何かとかは分かんなかったけど、自分はおかしな様子を生きてることはぼんやり分かってた 結婚とかしてみて、でも、あまり変われなかった 春は少し苦手で、お日様の光を一杯に浴びて呼吸する花々とか、入学式のおめかしのフリルを揺らす園児とか、笑い合って手を繋ぐカップルとか 煌めき放たれる埃ぽい光の全部が、ひりひり痛い どうしてそんなに、ナ

          月光夜

          それは金より不純だけど さらりと薄くよく染みる 壊れ切れなかった証の襞へ 哀しみはツツって流れるから 壊れ切れなかった証の孤独に 夜は細胞を増やしてく いつかの月に 枝が届くだろか ミッドナイトの欠片継ぎながら きらきら光って進むのだ

          臍の上の二つの思想

          ※写真はDIC川村記念美術館公式サイトより。 生まれ育った家のわりと近くに、DIC川村記念美術館という、田舎には珍しいバチバチの現代美術ばかりを集めた場所が在った。 湖を囲んだ緑豊かな庭園、落ち着いたカフェー・レストランも設われ、幼い頃から家族と時々通った。 常設の内容に、少女のわたしが特別お気に入りだった作品がある。フランス生まれのシュルレアリスト、ジャン・アルプの『臍の上の二つの思想』というブロンズ像である。 その像はブロンズ台の中央に凹んだ孔の周りを、二つの[何か

          臍の上の二つの思想