古いものを大切にする?

「イギリスの人は古いものを大切にする」とよく表現されているのを見聞きする。「古い建物、設備、お洋服などを直しながら、場合によっては何世代にも渡って、使い続けていく」というイメージ。

イギリスに足掛け3年弱住んでいる現時点での話だが、それは正しいようで正しくない、と思う。

(これから私が書くことが一般化されすぎていることはお許しいただきたい。大学で本当は社会学や人類学を勉強したかったミッド・ライフ・クライシス真っ只中の人間による精一杯の考察、ということで失笑しながらお読みいただけたらありがたい。)

私の観察・経験では、日本人は変化を嫌う印象があるのに対し(「変わってしまったら今までのやり方でやってきた私はどうしたらいいの!変えなくても困らないじゃない!」といった拒否の感情。でも新しいものを使う人が多くなるといつの間にか何事もなかったかのように順応している)、イギリス人は変化が苦手なように映る(「別に新しいのでもいいんだけどさ、今までのやり方で今日のところは何とかなるからそれで片付けておくね」といったやりとりが永遠と続く)。

家を買うときには、新築の人気がない。イギリス育ちの友人に聞くと、「新築の家と築100年の家を選べたら、築100年の家を買う。その家は少なくとも今まで100年間そこに立っていて設備もそれなりに動いているのだから、私が買っても家としての役目を果たしてくれるはずだ」といった旨のことを言う。新築信仰のある日本で育った私、唖然。

さらにその友人は続ける。「新しい家は家が『落ち着く』までどうなるか分からない。設備だって水道や電気などきちんと動いてくれないかもしれないから、そんな心配をしたくない」のだそうだ。これを聞く私の頭の上には「?」がいっぱい。この「家が『落ち着く』」(英語では “for a house to settle” )という表現は、どうも上手に日本語に訳せない(日本にその概念がないのだから仕方がない、と言い訳しておく)。実際新築の家を買うと、家が「落ち着く」までは壁にヒビが入ったり、床がゆがんだり、電気や水道も上手く動かなかったりするそうで、それを直しながら家が「落ち着いて」くれるのを待つそうだ。

ロンドンの地下鉄では、2022年に一番新しい路線、Elizabeth Line が開通した(長い名前なので、よく”Lizzy Line” という愛称で呼ばれる)。トンネルもこの路線用に新しく作り、車両内には冷房が装備されて乗り心地も悪くない(ロンドンの地下鉄には冷房は基本的についていない)。他の路線との線路の共有もない。それなのになぜかよく遅れる(イギリスの公共交通は遅れているのが常ではあるけれども…)。だけれども「Lizzy Line は新しいからしょうがないよね」といってなぜか新しいと言う理由だけで免罪符が与えられている。Lizzy Line 沿線に住んでいたとしても、遅れなどを避けるためか、それまで使っていた経路を変えずに通勤している人もいた(しばらく経った今は様子が変わったかもしれない)。日本だったら、新しい路線ができて便利になったと、多くの人がこぞってその路線を使いそうなものなのに。

家や電車を例に見てきたけれども、他を挙げるとすれば、雨のよく降るイギリスには欠かせないレインコート。ゴアテックスのような新しい技術が出てきても、重いコートに毎年ワックスがけをして着ている。ワックスがきちんとかけられたコートはこれまで雨風から守ってくれたから、今年も同じようにワックスをかける。

つまり古いものへの信頼度の方が、新しいものへのそれより、格段に高いのである。安心して日々を過ごしたい、その安心のためには古いものの方が信頼できる、でも古いものを使うには少し壊れるたびに直さなければいけない。しかしその直す不便さの方が、新しいものに対する不安よりも「まだまし」らしい。

「古さに価値を見出して古いものを大切にしている」というよりは、「頼り甲斐のある古いものを使い続けたいから直している」という行為が「古いものを大切にしている」ように映るのだ。

最後に。イギリスでもビジネスの場面では、特にコスト面でメリットがあるとなれば新しい技術、プログラム、ソフトウェアなどに割とすぐに飛びついている。今までイギリスの法律事務所2ヶ所で合計10年働いてきたが、どちらでも毎年複数新しいシステムが導入されている。私の立場としてはそのためのトレーニングやトラブル・シューティングに相当の時間が割かれているので、総合するとコスト面のメリットも帳消しになっているような肌感覚なのだけれども、ビジネスという枠の中では新しい技術が越えなければならないハードルは低いらしい。身の回りの生活での新しさに対する警戒心をビジネスの場でも少しでも持ち合わせてもらいたいものだ…と誰にも言えず心の中で思っている。

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