「コト」を起こす力
先日、5年ぶりに長野県伊那市にある「伊那食品工業」を訪問した。伊那食品さんは、主に寒天を素材にした食品の製造・販売を手掛けており、個人向けには寒天ゼリーなど「かんてんぱぱ」ブランドで有名な会社だ。外部資本を必要としていないので鎌倉投信の投資先ではないが、社員と地元地域をとても大切にする「いい会社」なので勉強のために数年に1回程度訪問している。
同社の経営理念は、「いい会社をつくりましょう。~たくましく そして やさしく~」。僕の知る限り、社員を幸せにすることを経営理念の目的にかかげ、そのことに本気で取り組み続けているという点で恐らく伊那食品さんの右に出る会社はない。しかも、業績は半世紀以上にわたり右肩上がりで成長し続けている。実は、「結い 2101」で謳う「いい会社」という言葉は、本業を通じて社員を幸せにし、社会に貢献することを目指す伊那食品のこの経営理念からきている。
今回のnoteでは、伊那食品さんへの訪問を含めて、最近参加したいくつかのイベントで感じたことを忘れないようメモしておこうと思う。
1. 伊那食品工業の年輪経営の極意
伊那食品さんは、斜陽産業といわれた寒天業界の中で、独自の商品開発によって、半世紀以上にわたって右肩上がりに業績を伸ばし、今では国内寒天市場の80%を占めるまでに成長し続けています。伊那食品さんにおける会社経営の目的は、「社員を幸せにすること」であり、そのために会社を永続させることです。そして、そのための会社経営の考え方が、急成長を戒め年輪を刻むように少しずつ会社を成長させる「年輪経営」です。
トヨタ自動車をはじめ名だたる名門企業が研修で訪れる伊那食品さんには、驚くことに理念研修もなければ、事業計画や数値目標もありません。取締役会も情報共有など雑談のようなものだと聞きます。何か制度をつくって人財を育成したり、いわゆるPDCAを用いて経営管理をおこなうといったものは一切ありません。
あるものといえば、毎年給与を上げること、年功序列、広大な庭や職場・トイレの自主的な掃除、社員旅行、社員の健康への投資、毎朝のラジオ体操、地元地域への貢献、その代表的な催しとして社員総出でおこなう「かんてんぱぱ祭り」などです。
会社が計画を立てたり、目標設定などをしなくても、どうして年輪を刻むように成長しつづけることができるのでしょうか。その力の源は、「社員が前よりも幸せになったという実感を持ってもらうこと」だといいます。社員を仕組みや目標など外から動機づけるのではなく、そうした実感が持てる職場環境と、日常の中での会話や仕事に向き合う姿勢への指導によって、社員一人ひとりが今よりも会社をよくしようと自然と思わせる風土を長年かけてつくってこられたのです。長年の役職員の皆さんの努力に本当に頭が下がります。
久しぶりの訪問でしたが、改めて、社員一人ひとりの小さな変化の積み重ねが揺るぎない成長につながること、経営における大切なものを日常の中にしみこませることの大切さを実感しました。
2. マザーハウスのThanks Event「Small Discovery」
社員の主体性と小さな変化の積み重ねの強さを感じたもう一つの催しが、マザーハウスが年に一度開催するThanks Eventです。
マザーハウス(本社、東京都 非上場)は、バングラデッシュ、インドやスリランカ、ネパールなどで、現地の人が現地の素材を活かしてバックや財布などの革製品、衣類などのアパレル、宝石などを製造・加工し、日本を中心に現在40超の店舗で販売をしています。鎌倉投信が設定・運用する公募投信「結い 2101(ゆいにいいちぜろいち)」からは、社員のやる気を引き出し、世界にも貢献する「いい会社」として社債で投資をしています。
先週末の9月28日(土)に開催されたThanks Eventの今年のテーマは「Small Discovery」でした。「世の中には大きな言葉で綴った目標やビジョンにあふれているが、本当に大切なこと、いいモノづくりは、小さな出逢い、小さなきっかけから始まる。素材の声に耳を傾ける。そんな小さなことを大切にしたい。」というイベントメッセージにとても共感しました。
今回のThanks Eventには、日本人スタッフだけではなく、3つの海外工場の責任者などの海外スタッフも例年以上に登壇しました。毎年参加する中で思うことは、マザーハウスでは常に社員・協力工場が主役であること、会社の事業が常に進化し続けていることです。例えば、この一年強の間でも、新たな商品アイテムが次々と生まれ、店舗も6店舗ふえ、アジアだけではなく欧米への出店準備も着々と進んでいました。
コロナ禍で店が開けられずに苦しい経営環境に置かれた時、改めて自社の存在目的やこれから何をやるかを考え抜いてきたからこそ、こうした挑戦が社内のあちらこちらで起きるのだと感じました。その根本にあるのが、目の前のできごとを自分事化する力と逆境を乗り越える力だと感じるのです。
3. 「コト」を起こし続ける人
逆境の乗り越え方といえば、マザーハウスのイベントの翌日に参加した、私が尊敬する田坂広志さん(学校法人21世紀アカデミア学長、シンクタンク・ソフィアバンク代表)らが主催するソーシャル・プレゼンテーション・イベント「MED Japan 2024」でも色々な学びがありました。
「結い 2101」の投資先の一つ、サイボウズ(本社、東京都 東証プライム上場)の青野慶久さんも登壇されたそのイベントのテーマは「コトを起こす」。社会に変化を起こす人たち10人のプレゼンは、僕も知らないチャレンジも多く、とても刺激を受けました。
中でも最後のセッション、田坂広志さん、青野慶久さん、秋山和宏さん(MEDユニバーシティ学長)の鼎談「コトを起こすとは?」は、とても興味深く聴き入りました。以下は、僕の備忘メモの一部です。
(コトを起こす人、起こせる人)
● 当事者意識の強さ(自分が大切にしている人と、何がしかの原体験がある)。
● 動機が純粋。市場の予測から入らない。用意周到に準備しても予想外のできごとは起きる。それを超える力は原体験。いわば魂の力の方が大きい。
(コトを起こすタイミング、志が先か成功した後が先か)
● 誰もがはじめは素人。紙おむつの常識を変えるプレゼンをした平林景さんが「想いを10回ではなく、1万回口にして人に伝えたら、かならず実現する」というとおり、まずは想いを伝えることから始まる。
● まずは志。志があれば、目に見えないボランタリー経済が機能しはじめる。志は、目に見えない5つの資本(人が知恵を貸してくれる「知識資本」、知識資本を引き寄せる「関係資本」、関係資本を強くする「信頼資本」、信頼を広げる「評判資本」、互助・共助の思想が広がる「文化資本」)を動かす。
(共感する人たちをふやすには)
● 共感の求心力は「本気さ」。そこまで本気なら、と人は共感して応援する。
● リーダーシップの本質は「本気さ」の中にある。
● 今、現実の社会を見ると、未来を生きる若者、子供たちに申し訳ない。本気で希望を語り、行動すべきではないか。そういう生き方を大人は見せるべきではないか。
● 志と野心は違う。「野心」とは、己一代で何かを成し遂げようとする願望のこと。「志」とは、己一代では成し遂げ得ぬほどの素晴らしき何かを、次の世代に託す祈りのこと。
● 環境問題、戦争のない世界は己一代では成し得ない。それが成し得るのは、バトンを渡す時に全力で走る姿を見せるしかない。
(コトを起こすためのアドバイス)
● 疑問に対して当事者意識を持つ。勇気ある小さな一歩を踏み出す。
● コトを起こすと苦労も挫折も失敗もある。根本において大事なことは逆境観。逆境とは、天が自分を育てようとしているために、天が与えるもの。自分は何かに導かれている、逆境は自分を成長させるためにあると、自分事として引き受ける力が運気を引き寄せる。
鎌倉投信が開催する「結い 2101」受益者総会も、投資を通じて「コトを起こす人」をふやす「場」にしていきたいと感じました。こうした様々な出逢いに感謝します。
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