シャンプーの秘密-her side story
私の恋人は、私の変化にちっとも気付いてくれない。
ロングだった髪をボブにしても、髪を染めても、パーマを当てても、だ。
「きっと彼も気付くはず」って思うのは、私が自意識過剰だから?
いや、でも、女友達は気付いてくれる。
めったに話さない会社の先輩ですら、ロングからボブにしたときは気付いて声をかけてくれた。
▽▽
あの人はすぐに気付いてくれるのに。
「あ、髪切ったんだねぇ。ボブも似合ってるよ」
「あれ、髪染めた?深い色もきれいだね」
「今回はパーマあてたの?」
ちいさな変化にも、ちゃんと気付いて言葉にしてくれる。
男の人が髪の色が変わったことにも気付き、言ってくれるのは今までなかったので驚いた。
なんでわかるのか聞いてみると、指を自分の鼻に当てるあの人。
そっか。どうやら染料の匂い、らしい。
「あ。見た目でも気付いてるよ、根元までちゃんときれいに染まってるもんね」
最後の一言はかなり余計だったけど、気づかないより何倍もいい。
「彼よりも、私のこと見てくれている」と恋人が開けた穴を埋めようとする。
埋めてもらう人を間違えてることは、自覚しているつもりだけど。
でも、だって……を繰り返し、それらしい言い訳を並べる。
誰に向けてなのかも、わかってないまま、言い聞かせるように何度も何度も。
▽▽
間違った方へ進みかけてるのは知っている。
でも、どうしても抑えられない気持ちにも気付いてしまった。
「正解」がわかってるのに、見えてるのにそっちに進めない。
自分で決めることもできない私は、賭けに出ることにした。
「この日のために用意したシャンプーの匂いに気付くか、どうか」
気付かなかったら、もう諦めよう。
でも、もし、万が一、気付いてくれたら、ちゃんと言葉にしてくれたら、「この気持ちはまだ捨てないでいい」ことにする。
コレが正解と言い聞かせるように、心のなかで確かめる。
けど、その心をかき乱すように、彼の声がだんだん声高になってく。
そんな浮ついた気持ち、「残す」ってどういうこと?
なに?その他力本願な賭けは?
俺のことはどうするの? まさか浮気?
でも、あなたは、いつも気付いてくれないし……
私はたくさん、悲しい思いもしたし……
でも、だって、でも……
「あれ、なんかいつもと匂いが違う。シャンプー変えたんだ?俺、これ好き」
現実に戻って、振り返るとあの人がいた。
賭けには勝ったのか、負けたのか。
わからないけど、あの人は確かにそう言った。
あの人の声が、彼の声を塗り消してく。
「このシャンプーの匂いに気付いてくれたら……」
またこうやって、どうしようもない賭けを思い付いた。
たぶん、彼はこのシャンプーの匂いに気付いていないし、これからも気付かないんだろうけど。
これはシャンプーの秘密の、もうひとつの秘密。