2013年、夏の話

今日はここ数日と同じように暑く、そして一つの記念日でした。

来年度には三十歳になる僕が生まれるさらに四十年近く前に一つの戦争が終わった日でした。
日本はアメリカに武力で敗れ、二つの核爆弾をを落とされ、戦争に負けました。

敗戦と終戦、この二つの言葉は一つの火種になり、国内で、国外でくすぶっています。

幼い頃、僕は父に「敗戦記念日」と言い聞かされて育ちました。まだ頬を赤く染めてそれなりに無邪気な顔をしていた僕はそれを聞いて育ちました。

いつの頃からか、本を読むのが好きになった僕は登下校の時も歩きながら本を読むような少年に育ちました。始業式で教科書が配られた日は、国語の教科書の小説やエッセイを読むのに夢中になり、学期の終わりには全ての文字を読み尽くして図書館の本を読んでいました。

教科書にはいつも戦争の話が一つは入っていて、どれも衝撃的だったのを思い出します。それらは夏に読むことを想定された折にはいっていて、その部分を読むと春なのにも関わらず夏草の蒸せるような匂いと、現世と来世と空想と現実を明確に分けるような青い空と、そして何故だか少し優しい熱を思いました。
窓の外では桜が少し散り始め、教室の中に一人、夏に溺れそうになるような感覚になりながら僕はそれを読んでいました。

敗戦と終戦は何故だかいつも僕の身近でいて、とても遠くにあるものでした。写真や映像で見る戦争はいつもモノクロで、僕の頭の中にある戦争とは近くて遠いものでした。

少しずつ年を重ね、いろいろな人話をしました。戦争に行った人、行かなかった人、行けなかった人、待っていた人、待てなかった人、帰ってきた人、帰ってこられなかった人。僕が思うより、はるかに多くの人がその時代を生きて、死んで、そして今になっていることを感じました。

戦争が終わった時、敗戦に泣いた人と終戦に喜んだ人、どちらが多かったのだろうか、と考えています。僕は政治の事に口をだそうなどと考えたことはなく、歌を歌う時も社会のあり方に意を唱えようと思ったこともありません。もちろんそれはそれでいいことだとは思います。
ただ、そこにある人たちを歌いたい僕は、自分の気持ちや風景や美しいものを歌いたい僕は、やはり終戦の呆気なさと、そして喜びの方が大きかったのではないか、と考えてしまいます。
終わったあとの、負けたあとの暮らしは敗戦を思わせるものだったでしょう。それでも、八月十五日のその日、負けた事と終わった事、どちらが胸に響いたのだろう、と考えてしまいます。

2013年の夏は僕にとって変化に富み、それはよくも悪く意識していなかった事を考えさせます。まだ、暑い日が続くけれど、僕だって後何百回も夏を生きているわけではないのだから、やはりもう少し考えなければいけないでしょう。

セミの声が秋の虫の声に変わる前に、寝巻きがパンツからジャージに変わる前に、目の前の事だけ考える事に慣れてしまう前に、僕はもう少し大人になりたいな、と思いました。

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