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天玉そばが好き

「好きな食べ物何!?」
僕の恋人は話の逸らし方がひどく雑で、「好きな色は!?」だの「好きな芸能人は!?」だのがちょくちょく飛び出す。
話がめんどくさくなったのか、話したくないことがあるのかわからないが、僕はとりあえずできるだけ真面目に答える。
真面目に答えないと拳が飛んでくる、なんてことはないことはないがそれでも一応常に全力投球で返答しなければ、いつかくる相手の全力投球に応えられらないかもしれないからだ。
突然の全力投球は肩を痛める。

そんなわけで、果たして僕は何が好きなんだろうかと考える機会が増えた。恋人の話は前振りであり惚気なので、まあ気にしないで欲しい。
好きな食べ物なんて「寿司とステーキとカツ丼!」だと思っていたけれど、本当はどうなんだろうか。
僕が人生で一番口にしているものは果たしてその三つのうちのどれかなのかしら。

僕が実際一番口にしてるのは立ち食いそば屋の天玉そばだと思う。今日だって酒を飲みにわざわざ1時間半かけて電車に乗る、その途中で天玉そばを食べていた。

そんなことはまたどうでもいい。
僕の恋人はいつも話を逸らすんだ、雑に。
本人にとって大事なことでも、ぼくにとって大事なことでも、はにかみながら話を逸らすのだ。
それはひどくかわいいけれど、なんだか切ない。ぼくの好きな食べ物のことを聞く彼女のことを知りたいんだ、いつも。

それもまたどうでもいい。
僕は立ち食いそば屋では絶対に天玉そばを頼む。店によって千差万別の天玉そば。茹で置きのそばなのか、そこで茹でてくれるのか、揚げたてのかき揚げなのか、作り置きのかき揚げなのか、生卵なのか温泉卵なのか。
かき揚げはできれば揚げたてが好ましい。サクッとした衣が醤油味強めの出汁の中に溶けて、少しトロッとした感じがたまらない。
作り置きのかき揚げを諸々にして食べるのもいい。そんな時に必要なのはやはり卵だ。
出汁の強さを見事に中和して、まるで別物に変える。味変の要素も兼ねている。
蕎麦は正直どっちでもいいんだ、この場合。

どっちでもいいことばかりの人生を送っている。どっちでも良くないことを探すのが億劫なくらいだ。
僕にとってどっちでも良くない事なんて彼女のこととかき揚げのことくらいだろうか。
とても、とても大事なものだ。

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