"好き"に特別な思い出はなくていいと「宇宙服を見に行く」に教えてもらった
坂月さかなさんの作品集「プラネタリウム・ゴースト・トラベル」の話をする。
作品の紹介は、版元であるパイ・インターナショナルのページにお任せするとして。
この作品集のなかでも、とりわけ好きな話がひとつある。
タイトルは「宇宙服を見に行く」。
物語世界の主人公である303が、とある服屋のディスプレイに飾られている宇宙服を見に行く話だ。
(303は名前……いや厳密には人名ではないのだが……ううん……。)
303と、服屋の主人であり宇宙服の持ち主でもあるオーナーが交わすやりとりで完結する、10ページに満たない短編マンガ。
淡々とやりとりだけが続くが、この短編が妙に気に入っていて、作品集のなかで特に何度も読み返している。
その宇宙服について、主人が語った一節が、強烈に印象に残っている。
「ただ好きだから」。それだけが理由でいいんだ!と。
何かにつけて理由が求められる。言葉での明示を要求される。
気に入られたなら「立派な理由」だと賞賛され、相手にとって箸にも棒にもかからないような理由ならば、その瞬間に興味をなくされる。そんな場面を何度も見てきた。
インターネットやSNSの普及で、より言葉に比重が置かれるようになり、好きを表明するときには何かしら理由が必要なのかな?と息苦しさを覚える場面も増えた。
饒舌に、雄弁に語る人は寡黙な人よりも強く、影響力があり、一方で「特別な理由はないけど好きなんです」なんて言葉は、もはやなかったことにすらされかねない。
「なぜ」には毎回答えないといけないのか?ただ好きだからではだめなのか?そんな葛藤を薄らと抱えていた。
けれど、服屋の店主は、そんな雑念を軽々と飛び越えて、
「すてきだと思ったら好きだと言っていいし、手に入れていい」
「仰々しい物語や理由なんていらない」
と教えてくれる。だからこの話は大好きだ。
「好きに特別な理由はなくていいと教えてくれた物語」が好きな理由を、言葉を尽くして伝えようとする。どうにも本末転倒な気がしてならない。
それでも書きたいので書く。伝えたいと思ったこと自体は本当なので。
同じ世界観を共有する「星旅少年」もおすすめです。大切なので2回言います。「星旅少年」はいいぞ。
2022年9月には「星旅少年」の2巻が発売されました。303とジリについて考えると胸がぎゅうとなる……。
ごく個人的な余談。
私は物語が好きだ。その一方で、最近は「物語の破棄」についても考えている。この話はまたどこかで。