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"好き"に特別な思い出はなくていいと「宇宙服を見に行く」に教えてもらった

坂月さかなさんの作品集「プラネタリウム・ゴースト・トラベル」の話をする。

作品の紹介は、版元であるパイ・インターナショナルのページにお任せするとして。

コミック&イラストで綴る“ある宇宙”の物語

青い夢幻世界に誘われるような作品がSNSで話題。ハマる人続出中の注目のクリエイター坂月さかなの商業初作品集。大幅に加筆修正をした同人誌発表作品に加え、パイコミックスでのWEB連載『星旅少年 塔に登る』、新規描き下ろしイラスト+ストーリー『トビアスたちの旅』等を256ページのボリュームでお届けします。漫画・イラスト・イラスト+ストーリーで綴る、静かで優しくて、どこか切ない、時代を跨ぐ4つの「ある宇宙」の旅の記録をお楽しみ下さい。

パイ・インターナショナル 作品紹介ページより引用


この作品集のなかでも、とりわけ好きな話がひとつある。

タイトルは「宇宙服を見に行く」。

物語世界の主人公である303が、とある服屋のディスプレイに飾られている宇宙服を見に行く話だ。
(303は名前……いや厳密には人名ではないのだが……ううん……。)

303と、服屋の主人であり宇宙服の持ち主でもあるオーナーが交わすやりとりで完結する、10ページに満たない短編マンガ。

淡々とやりとりだけが続くが、この短編が妙に気に入っていて、作品集のなかで特に何度も読み返している。


その宇宙服について、主人が語った一節が、強烈に印象に残っている。

別に深い理由や特別な思い出が あるわけじゃないんです
ただ好きだから ずっと大事にしていたいだけなんです

「宇宙服を見に行く」より

「ただ好きだから」。それだけが理由でいいんだ!と。


何かにつけて理由が求められる。言葉での明示を要求される。

気に入られたなら「立派な理由」だと賞賛され、相手にとって箸にも棒にもかからないような理由ならば、その瞬間に興味をなくされる。そんな場面を何度も見てきた。

インターネットやSNSの普及で、より言葉に比重が置かれるようになり、好きを表明するときには何かしら理由が必要なのかな?と息苦しさを覚える場面も増えた。

饒舌に、雄弁に語る人は寡黙な人よりも強く、影響力があり、一方で「特別な理由はないけど好きなんです」なんて言葉は、もはやなかったことにすらされかねない。

「なぜ」には毎回答えないといけないのか?ただ好きだからではだめなのか?そんな葛藤を薄らと抱えていた。


けれど、服屋の店主は、そんな雑念を軽々と飛び越えて、

「すてきだと思ったら好きだと言っていいし、手に入れていい」
「仰々しい物語や理由なんていらない」

と教えてくれる。だからこの話は大好きだ。



「好きに特別な理由はなくていいと教えてくれた物語」が好きな理由を、言葉を尽くして伝えようとする。どうにも本末転倒な気がしてならない。

それでも書きたいので書く。伝えたいと思ったこと自体は本当なので。



同じ世界観を共有する「星旅少年」もおすすめです。大切なので2回言います。「星旅少年」はいいぞ。

2022年9月には「星旅少年」の2巻が発売されました。303とジリについて考えると胸がぎゅうとなる……。



ごく個人的な余談。

私は物語が好きだ。その一方で、最近は「物語の破棄」についても考えている。この話はまたどこかで。

https://ha-labo.net/stories/


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