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チンチラは濡れると一生乾かない #青ブラ文学部
【チンチラは水に濡れると一生乾かない】
本屋で立ち読みをしているこの男、名を高原中夜という。その名前の響きから、詩人の中原中也を連想させるが、母親が、夜中に産まれたから「よなか」と名付けそうになったのを「逆は?」と父親が提案した、それだけの名である。
そして本人もまた、詩にはまるで興味がない。というか人に興味がない。今もアフロヘアーのヤンキーが仕切りに「有り金を全部出せ」と絡んでくるが、興味がない。興味があるのは動物の生態だ。中夜は動物が好きであった。
乾かないなら、いっそ剃ってしまえばいいのではないか。と、チンチラに中夜は思いを馳せる。
【チンチラの毛は非常に密で、ひとつの毛穴から50〜200本の毛が生えている】
バリカンで刈ろうとしても、毛が絡まってしまいそうだ。もしも雨にでも打たれたら、一生びしょ濡れなのか。不快でしかたない。
「聞いてんのかよ、はやく金、出せよ」
あいにくであるが、中夜は貧乏である。財布すら持ってきていない。スマホケースに入れた交通系ICカードにいくらか入っているだけである。
「ひとつの毛穴から200本くらい毛が生えいたら、いいと思う?」と中夜がヤンキーに聞く。ヤンキーは「あ?」と口をあんぐりさせたあと、考える。
「まあ、ハゲない気がするからいいかもな」
と言われ、中夜は、そういう考えもあるかと思う。でも一生乾かないかもよ、と言う。
「今も乾かないからな、この髪の中」
「不快じゃないの?」
「そりゃ、不快だよ」
「剃っちゃえば?」と中夜が言うと、アフロヤンキーは腕組みをして、つぶやいた。
「剃るべきか、剃らざるべきか。それが問題だ……」
中夜はスマホケースの中に、緊急用の一万円が挟まっていることを思い出す。随分と汚れてしまったそれを、ヤンキーに渡す。
「これで床屋にでも行ってきて」
「いや、え? いいの?」
中夜は見たいだけである。悲しみも剃れるのかどうかを。
(798字)
山根あきらさんのショートショート企画に投稿させて頂きました〜🙇
チンチラは水ではなく、砂で体を洗うのだそうです。