心お弁当 #毎週ショートショートnote
父が持たせてくれるお弁当には、お米の上に海苔で漢字が一文字が書かれている。
毎日違うそのお弁当の文字。
彼氏とデートした翌日のお弁当には「悲」という字。彼氏と別れた日の翌日は「嬉」という字。それがひどいと怒った次の日には「謝」という字。部活の最後の大会が終わった翌日には「休」の文字。受験前には「夢」。雨の日には「晴」、晴れの日には「楽」、何もないとなげいた日は「今」。母が亡くなった日の翌日には「生」という文字が、お弁当のフタを開けると現れた。
これが最後のお弁当。明日から父はもうわたしにお弁当を作らなくてもいい。
「今日はなんて書いてあるの?」
と、友だちがわたしのお弁当を覗いてくる。
「さあ、なんだろうね」
あきれたようなこの会話も、もうすることはなくなる。苦笑いを浮かべながら、それでも少し、淋しさが募る。それを悟られないように、フタを開けた。
心
「なるほどねー」と友だちが言う。
わたしの名前。
塩味のそれを、わたしは頬張る。
(410字)
毎週ショートショートnote企画に参加しています。ありがとうございます。今週のお題は「心お弁当」でした。