![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/117908089/rectangle_large_type_2_bb43efca13d905c68393cc5981882a82.png?width=1200)
【童話】ウサギのバイク
そのウサギの成長は、まわりのウサギよりもたいそう遅いものでした。まわりのウサギが野原を颯爽とかけぬけていくとき、そのウサギはまだ、前足と後ろ足を交互に出すのに必死でした。そのスピードはカメと同じくらいなので、そのウサギはみんなから「かめきち」と呼ばれました。
「かめきち、今日はどこまでいこうか?」
かめきちは、カメと仲良しでした。同じ速さで歩いてくれるので、いつでもいっしょでいられたのです。
「そうだなあ。今日はあの花のところまでいってみたいな」
あの花のところまでは、100メートルほどあります。かめきちにとっては、とても長い距離です。
「あの花まで? ずいぶんあるよ。お昼になってしまうんじゃない?」
カメは心配になりました。その横を、かめきちの仲間のウサギがやってきました。そのウサギは「バイク」と呼ばれています。仲間の中でもいちばんに速く、バイクのようなので、そう呼ばれました。バイクはかめきちに「おはよう!」と声をかけました。かめきちも「おはよう!」とあいさつをします。
「今日はどこまでいくの?」
と聞かれたので、かめきちは「あの花までだよ」と答えました。
「そっか、じゃあ、あの花を踏まないように気を付けるね! ぼくは山のほうに木の実を取りに行くから、お昼になったら戻ってくるね。いっしょに食べよう!」
かめきちは「うん、ありがとう!」と手を振りました。バイクはぴょんぴょんと飛び跳ね、あっというまに見えなくなってしまいました。
「速いね、ほんとに」とカメに言われて、かめきちは「うん、ぼくもいつかバイクみたいになるんだ」と笑顔を見せました。カメはそれにこたえるようにニコッと笑い、それから「よーい」と声をかけました。
ドン!
と、ふたりが同時に言います。かめきちとカメのレースのはじまりです。カメはゆっくりゆっくり足を出して進みます。同じくらいの速さで、かめきちも前足をゆっくり前に出しています。後ろ足はまだスムーズについてきません。ふたりは話しながら進みます。
「あ、かめきち、角砂糖が落ちてるよ」
カメが言って立ち止まると、かめきちも立ち止まりました。
「ほんとだ、おいしそう」
と、かめきちは言うけれど、その角砂糖にはアリが一匹乗っています。アリは、かめきちに気づいて言いました。
「かめきち、これはおれのだぞ」
かめきちは少し残念そうな顔をしました。それでも「うん」とうなづきます。
「でも、きみ一匹じゃ、それを巣まで持っていけないんじゃない?」
かめきちに言われたアリは、それもそうかと思いました。そういえば仲間とはぐれてしまったと、アリは気が付いて、泣きそうになりました。
「巣はどこ?」
と、カメが聞きます。
「あっちのほう」
アリが指さしたほうに角砂糖の丘が見えました。たぶん他のアリが集めた角砂糖だ、あそこに巣穴がある。とカメとかめきちは確認しました。かめきちは角砂糖とアリをカメの甲羅に載せました。
「出発!」
かめきちたちは巣穴へとゆっくりゆっくり近付いていきます。角砂糖の丘に着くと、アリたちが待っていました。
「あ、帰ってきた!」
仲間のアリたちの声が上がって、かめきちは角砂糖に乗ったアリを返しました。
「ありがとう!」
「どういたしまして!」
かめきちとカメは笑顔になって、またゆっくり進み出しました。しばらく進んでいくと、紙が落ちていました。その紙を、かめきちが拾いました。その紙にはこう書いてあります。
【キリギリスのバイオリンコンサート】
どうやら、そのコンサートのチケットのようです。
「コンサートだって!」
と、かめきちは喜びます。かめきちは何より音楽が好きなのです。開催場所はこの先を少し行った草むら。かめきちはワクワクがとまりません!
「あ、すみません」と声をかけられたのはそのときです。カマキリのカップルでした。
「それ、譲ってもらえませんか?」
かめきちとカメは顔を見合わせました。どうする? という顔をしています。カマキリのカップルは泣いています。
「チケット、家に忘れてしまって……。すごく楽しみにしてたのに、さっき気づいて、けんかになってしまったんです……」
かめきちはチケットをカマキリに渡しました。
「ぼくのじゃないので、いいかわかりませんが、あなたたちに必要な気がするので」
かめきちはニコッと笑いました。カマキリのカップルは深くおじきをして、「ありがとう」と何度も言いました。かめきちは、ふたりを見送って手を振りました。
「ほんとは、残念なんじゃない?」とカメが聞きます。
「うん、でも……、行こう」
かめきちたちは、またゆっくり歩き出します。角砂糖もないし、コンサートも聞けなかったかめきちは、少し疲れていました。ペースはカメより遅いくらいです。カメについていったかめきちの前に、仔猫がいました。仔猫は「あそぼう」とかめきちに言いました。
「ごめん、ちょっと疲れてるんだ」
そう言ってもおかまいなしに、仔猫は「あそぼう」と言って、かめきちの足を触ってきます。
「おうちは?」とかめきちが聞くと、仔猫は「おかあさん、死んじゃったから」と言いました。かめきちは「そうなのか」と小さな声で言って、仔猫を抱きしめました。仔猫は猫なのにわんわんと泣いて、それからしばらくしてそっとかめきちから離れ「もうだいじょうぶ、ありがとう」と言いました。
仔猫は飛び跳ねるように背中をむけて、かめきちたちのもとから去りました。かめきちはしばらくその姿をながめました。
「休もうか?」
と、カメが言いました。かめきちは首を横に振ります。「じゃあ、ちょっと先に行ってるね」と、カメはのろのろと歩いて行きました。少し先を行ったカメは、水たまりを見つけました。
「かめきち! 水たまりがあるよ!」
カメは大きな声を出してかめきちのほうをふりむきました。ふりむいた先で、かめきちが倒れています。
「かめきち! かめきち!」
必死になってカメはかめきちのほうへと歩きます。だけど、どんなに必死でもすぐにはたどりつけません。あー、こんなときに! どうしてこんなにおそいんだ! カメは泣きながら向かっていきます。
その横を颯爽と「バイク」がやってきました。木の実を持ったバイクを見ながら、カメは、あー、救世主だ、これこそヒーローだと思いました。
「かめきち、これ食べな。すぐに元気になるから」
バイクは木の実を、かめきちに食べさせてあげました。カメはやっと追いついて、心配そうに「かめきち」と名前を呼んでいます。名前を呼ぶことくらいしかできないのかと、カメの涙はとまりません。
「……ああ、カメさん、バイク、ありがとう」
かめきちは目を覚ましました。
「いま、夢を見てたよ……。あのね、角砂糖を食べてね、コンサートを聞いてね、仔猫と遊んで、カメさんとあの花まで競走する夢。楽しかったなあ……」
バイクは、ニコッと笑いながら、言いました。
「かめきち、それ夢じゃないよ。ゆっくり歩けるから、素敵なものを見れるんだね。ぼくにはかめきちがうらやましい」
かめきちは来た道を振り返りました。角砂糖の丘の上から、アリたちが手を振っています。キリギリスのコンサートの音が聴こえてきたのは、カマキリと仔猫が草むらの草を切ってくれたからで、かめきちが目覚めたのは、カメが名前を呼んでくれたからだと、かめきちはわかりました。
「ありがとう。またあした、あの花を目指そう、またね、カメさん」
かめきちはバイクの背中に乗ります。バイクはぴょぴょんと走り出しました。
(完)
約3000字
漠然と童話を書きたいなあと思っていたところに、こちらの企画あったもので、応募させて頂きます。よろしくお願いします!
発達ゆっくりの我が子が生きる世界が、どうか優しさで溢れていますようにと祈りを込めて書きました。
元ネタスピンオフはこちら↓