早く行きたければ、ひとりで行け。遠くまで行きたければ、みんなで行け。
仕事を辞めたい。そのセリフは何度も口にしたことがあったけれど、今朝はじめて、「仕事を辞めたい」と先輩に相談している夢を見た。
これまでの「辞めたい」は、いま取り組んでいる仕事が十分面白いと思っている上での「でも僕の居場所は他にあるんじゃないかなー」程度のものだったから、周りの仕事仲間からも「また言ってるよ〜」であしらわれていたけれど。今回の「辞めたい」はまったくの逆で、ほんとうに切実だから、きっと夢にも出てしまったのだとおもう。
年末の時点で「これはヤバイ」とわかりきった仕事量を振られていて、いつもならゆっくりと過ごせる年始を返上して仕事をし続けていた(現在進行形)。どの仕事も「やりたい」というよりは、忙しすぎる先輩からまるぶりされた「やるべき」ものばかりで。いざ仕上げて見てもらったら「違う」と言われてしまって。きちんとお題を深読みして仕上げきる能力がない自分の未熟さをわかった上で、じゃあ最初にちゃんとディレクションしてよ、という文句が溢れそうになる。
企業に勤めて仕事する価値ってなんだろう。そう問いをもったとき、思い出すアフリカの諺がある。
If you want to go fast, go alone. If you want to go far, go together.
早く行きたければ、ひとりで行け。遠くまで行きたければ、みんなで行け。
ひとりきりじゃ、生まれなかったもの。自分だけじゃ、想像すらできなかったものを。そういうものをつくり出し、出会うために仕事をしているとおもっている。だから僕の仕事観からすると、判断や批評するだけの人はいらない。全員が自分ごととして仕事と関わり、前へ前へと推進するエネルギーを纏わせた思考を絡ませてゆくことではじめて、僕の目指す何かが生まれると思っている。
だからだろう、いまの仕事の上司が「ただ判断する」「大変な作業を依頼してくる(僕を利用する)」人にみえているから、こんなにも苦しい。なんで一緒に考えてくれないのだろう、という答えは「本人が忙しいから」というのがわかっているからなおさら文句も言いにくい。じゃあいまのプロジェクトを外してもらえば楽にはなるけれど、それで本質的な問題が解決するのかといえば、よくわからない。僕はいつまでこういう仕事を続けていくのだろう。
自分にとっての「いい」を突き詰めたい。そして、それを磨いて届けることに心血を注ぎたい。だけれど糸口がまだ見つからないから、まずはまとまった時間がほしい。ゆっくり休んで鋭気を養って、さまざまなものを見聞きしながらのんびり考えたい。となると休職か、異動か。そんな思考になりつつある。
こんなとき、コロナじゃなかったら、夢に出てきた信頼する先輩を捕まえて相談に乗ってもらうのに。
今年は考古学の勉強をきちんとしよう、と思っていたのに、それに打ち込むまとまった時間がずっと取れないでいる。なんてのは言い訳なはずだから、なんとか今日、手当たり次第に動画を見てみようかなと思う。