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あおぞらけしごむ

夏休み。

ぼくは毎年おばあちゃんちに泊まりに行く。
夏休みの一番の楽しみ。
今年もその日がやって来た。

おばあちゃんちに着くと
縁側ではねこの「ミー」が日向ぼっこをしていた。
「ミー」はもともと野良猫だったが
おばあちゃんが餌をあげるようになってから
家に住み着くようになった。

玄関を開けて居間に行くと、
おばあちゃんがせっせとお昼ご飯の準備をしていた。
どこかで見たことあるような光景だ。

「おばあちゃん、来たよ」
振り返ったおばあちゃんはぼくの顔を見ると
嬉しそうに「おお来たかい、待ってたよ」
と言ってぼくを迎えてくれた。

居間には
おばあちゃんの作ってくれた
天ぷらのいい匂いが漂っていた。
ぼくの大好物だ。

手を洗って食事の席に着くと
田んぼ仕事から帰って来たおじいちゃんが顔を出した。
「おお来てたのかい、待ってたよ」
おばあちゃんと同じような言葉。

ぼくは思わず、頬が緩んだ。

「いただきます」

おばあちゃんの作ってくれるごはんは
どれも美味しい。
食後には手作りのあずきを乗せたバニラアイスと
急須で淹れた緑茶をお盆に乗せて出してくれた。

「お腹いっぱい、ごちそうさま」

空になったお皿を見て
おばあちゃんは嬉しそうに笑っていた。

居間を離れたぼくは、
縁側で日向ぼっこをしていた「ミー」の隣で
ごろん、と横になった。
ぽかぽかした太陽の陽を浴びて瞼が落っこちそう。

しばらくすると
台所仕事を終えたおばあちゃんが
ぼくのところにやって来た。
手には分厚い本のようなものを持っていた。

「おばあちゃん、それは?」
おばあちゃんが持っていたのは、アルバムだった。

「これはあんたのお母さんが子供の頃の写真だよ。
この前片付けをしていたら出てきたんだ、見るかい?」

古くなって所々茶色くなっていたアルバムを
ぼくはおばあちゃんと一緒に一枚ずつめくっていった。

ぼくのお母さんが産まれた時の写真、
庭の砂場で遊んでいる時の写真に
入園式や入学式の写真。

どれも初めて見るものだったけど、
ほんの少し面影を感じた。

次のページをめくると、
台所でお菓子作りをしている写真があった。

小さい頃のお母さんの隣には
エプロンをかけた女の人が写っていた。
おあぞらみたいに綺麗な水色のエプロンだった。

ぼくは指を指しながら、
「このエプロンの人はおばあちゃん?」
そう聞くとおばあちゃんは恥ずかしそうに
「これは若い時のわたしだよ、なんだか恥ずかしいねえ」
と言って目を細めて笑っていた。

「このエプロン、とっても綺麗な色だね。」
ぼくがそう言うとおばあちゃんは一層嬉しそうに、
「これはね、わたしが誕生日の日にお母さんが初めて
プレゼントしてくれたエプロンなんだよ。
おじいさんと内緒で用意してくれていたんだ。
わたしはそれがとっても嬉しくてねえ。
今じゃこんなに汚れてしまったけど」

そう言って首からかけていたエプロンを見せてくれた。

写真に写っている色とはすっかり変わってしまっていたから
同じエプロンだとはすぐには気が付かなかった。

「お母さんは小さい頃から料理が好きでね。
わたしも二人で料理をする時間がとっても楽しかったもんだ。
このエプロンにはお母さんとの思い出がいっぱいあるんだよ。」

アルバムの写真を見ながら話すおばあちゃんを見て、
ぼくは胸がぎゅっとなった。

翌日、
ぼくはおばあちゃんが見せてくれたアルバムを
家に持って帰った。

「ただいま」

家に帰るとリビングでは
お母さんがせっせと夕ご飯の準備をしていた。
いつも見ている光景のはずが今日はなんだか違って見えた。

「おかえりなさい、楽しかった?」
夕ご飯のいい匂いを漂わせながら、
お母さんはぼくにそう笑いかけた。

夕ご飯のあと、
ぼくはお母さんとお父さんに挟まれながら
おばあちゃんちから持ち帰ったアルバムを開いた。

「そうそう。おばあちゃんとはよく一緒に料理をしていたわ。
このエプロンを買いに行った時のこともよく覚えてる。」

お母さんは子供みたいに嬉しそうな顔をしてそう話してくれた。

「おばあちゃん、プレゼントした時はあまり汚したくないからって
しょっちゅうお洗濯しててね、だからエプロンが綺麗になる度に
“けしごむで消したみたいに綺麗ね”
っていつもよく笑っていたわ。」

アルバムを見ながら話すお母さんの横顔が
縁側で話すおばあちゃんの横顔と重なった。

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