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『短編小説』第2回 あくまでも自然の成り行きで、そんな夢を見ている、春の日と日常。 /全4回
今から少し前に、やっぱり彼女が僕に声を掛けたのだった。講義の途中、きっと彼女にしてみれば講義に飽きたその頃に、たまたまそこに俺がいたというだけのことなんじゃないかと思う。
「サエグサチナミって言うの」
と言ってから、〝三枝千奈美〟と俺のノートの端に書いた。その文字はあからさまな丸文字で、俺は少しの嫌悪感を覚えた。これが線の細い明朝体であったら、俺はそれを「端に書いた落書き」や「ノートに付いたシミ汚れ」だなんてことは思わなかっただろう。しかし、悲しくもそれは丸文字であったのだ。
「そうですか」
俺は彼女に対して、ほとんどの興味を持つことが出来なかった。ほとんど、というのは、彼女はとても短いスカートを履いていて、そのスカートから剥きだされているその健康的な太ももにだけ、ほんの一瞬目を奪われたのである。だからその一瞬を興味の対象とするならば、俺は彼女に対して〝ほとんど興味を持つことができなかった〟ということになる。
「ねえ、いつも真面目にノート取ってるよね」
三枝千奈美はそう言って、俺の取っているノートを覗き込んだ。
「暇だから。ただ暇だから、ノートでも取ってないと寝てしまう」
とぶっきら棒に答えてみたけど、果たしてここでそんな答えを彼女は求めていたのだろうか、と考えると、今の自分の発言が随分と恥ずかしいものだったのではないかと思えてきた。そう思えたせいなのか、俺は続けて「いいよ。どうでも」と言った。
「何がどうでもいいの?」
彼女はそう聞きながら、ノートから俺の顔に向けて視線を移した。その速度はあまりにもゆっくりと、足先から頭の先までを舐められるようにも思える程、粘っこく、鬱陶しいものだった。
「いや、なんでもない」
何もかもが、と、そう言いたかったのだけど、それを言ってしまっては、この女はまた何か言葉の端を拾って、俺に疑問を投げかけてくるのではないかと思ったからやめた。なんでもないのだ、ほとんどのことは。ほとんどのことは、ほとんど意味がないのだった、俺にとっては。
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