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短編小説 『会話のないデート』 3/全5回
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赤レンガ倉庫には、決して多過ぎはしない、だけど少なくもない人たちがいる。〝ブラジリアン〟と書かれた大きな垂れ幕が掲げられ、何かイベントをやっていることは容易に察しが付いた。思わず彼女の方を見て「何やってるんだろう?」と言いそうになる。だけど慌てて開きかけた口を閉じた。彼女はその様子をまじまじと見ていて、一瞬笑いそうになった顔をすぐにぴっと正したのだった。……なんだよ、笑いたければ笑えばいいのに。そうすれば今のこの空気だって少しは馴染むだろう……。ああ、そうか。彼女をどこかのタイミングで笑わせれば、空気は一気に和むかもしれない。俺はそう思った。……いやしかし、何をどうやって彼女を笑わせればいいのだろうか。元々、俺は人を笑わせるのなんて得意じゃないし、……まあ彼女はよく笑う人だったけど、思い返してみれば、どんなタイミングで彼女が笑っていたのか思い出せなかった。……所詮、そんなものなのだろうか。ふと彼女のことを思い出そうとした時、俺はまず、彼女のどんな顔を思い浮かべるだろう。そして、俺はどんな気持ちになるだろう。まず、笑顔か。それで次は、悲しむ顔か。それで怒った顔、ふてくされた顔、不機嫌な顔……、恥ずかしそうな顔。……ああ、どれも見慣れたものだった。思い出せないと思ったその顔は、考えてみれば矢継ぎ早に頭の中に浮かんでくる。なんだ、知ってるじゃないか、俺は。彼女のどんな顔だって、すぐに思い浮かべることが出来るじゃないか。そう思って彼女を見た。
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