言の葉
言葉は酷く簡単に投げられ。
それが賽を投げる号令。
進めるべき駒は容易く動き、そして消費されていく。
地鳴りのような大軍の動く様は勇壮と言う他なく。
その最前を飾るのは、美麗と言うに値する華々しき将の雄姿。
都にうら生る白瓢箪にはない馬臭さが、寄せては返す波のように。
雄雄しき華を咲かす白刃が、鎧のぶつかり合う激しさを清々と斬り裂く。
馬蹄の跳ね上げる泥濘に、朱の雑じる臭気。
やがては野鳥の餌になるばかりの躯を地に咲かすのは、馬上に生きる者の悲願。
そしてそう、……いずれは散る無常の世に一片の煌きを………!
灯の側に寄り、一度は仏の道に入りかけた主従は今、修羅の道を歩んでいた。
自らの血の意味を知らされた時から、その血に突き動かされた歳若き主人は、俗に生きる唯一の腹違いの兄を主と定めていた。主の言葉を幼い程の純粋さでもって現実のものとすべく働き、戦の中にその身を堕としていた。そしてその腹心たる僧形の修羅もまた、その形とはあまりにもかけ離れた時を生きている。
数刻前に成し遂げた前代未聞の奇襲を成功させた彼らはしかし、美酒に酔う間もなく主の言葉を待っていた。西へ西へと転戦を繰り返しその地盤を確実なものとしていくうちに、主の下に参集する軍勢は数を増している。
その一葉でしかないながら、恋うる程に主を慕う姿に、僧形の修羅は微かな危惧を覚えていた。
このままでは、自らの命を預けた主人が、他の将となんら変わらないものになってしまうのではないか、と。
修羅の想いはしかし、主人には伝わらない。再三再四、時には怒りを買うことさえ恐れず進言する修羅の言葉に、兄者が然様なことをするはずがない、と儚くも見える笑みを浮かべて言い切る主人には。けして。
身を揉む程のもどかしさの中に自らを置きながら、しかし、と修羅は自らに言い聞かせる。
主人がどれ程真摯に否定しようとも、大願を成した時、あの男は必ず主人を裏切るだろう。ならば、この一命賭しても主人を最期まで守りきれば良い、と。明日には失うかも知れぬこの命、首を取られようともこの疑うことを知らぬ純朴な愛すべき主人を守り抜くのだ、と。
それがあの時、見慣れたはずの橋の上の景色を鮮やかに覆し、残りの命を賭けると誓ったこの主人に通すべき義であると。
「どうした?」
顔を上げ、不意に投げられた主人の言葉に緩く頭を振り修羅は薄い笑みを浮かべた。
「いえ。遅うございますな」
「待てば来る」
「然様で………」
揺らめく灯の刻む陰影に浮かぶ主人を静かに見詰め、修羅は胸の内に再び強く誓う。
この命賭して、この歳若き主人を守り抜く、と………。