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『THE SECOND』  TV局のスタジオ内にお笑いライブ会場を観客込みで再現し、全国ネットで生放送した最初の賞レース番組

□ THE SECONDその後を辿る

「めちゃくちゃ絆みたいのんができた。あのメンバー(決勝8組)がパッケージになっている」

ラジオ番組でのギャロップ毛利の発言である。

 もう放送から月日も経って、今更なのでTHE SECONDとは何たるか、についての説明は省かせていただく。

 筆者はTHE SECOND決勝出場者のその後の動向を追っているのだが、出場芸人たちはテレビ、ラジオ、YouTube、メディアインタビュー等で一様に「本当に出てよかった」「めっちゃ楽しかった」「まだ興奮が続いている」「いい大会だった」と番組に対しての賛辞を口にする。

これほどまでに出場者たちが臆面もなく称賛する賞レース番組があっただろうか。

ネットメディアを通覧していて「THE SECONDは成功したのか?」との見出しを見かけたのだが、これら芸人たちの発言が、その問いに対する明白なる答えなのではないだろうか。

 
□ 賞レース番組最後発のハンデ

M−1の成功以来、同種の追従番組が乱立する中、最後発番組としてTHE SECONDは立ち上がった。

そして最後発でありながら、大成功を収めた。

しかも第一回目で。

これは異例の出来事なのではないだろうか。

いや、考えてみれば、むしろ逆なのかもしれない。

既存賞レース番組の欠陥を構造的観点から分析し、その改善策を番組構成に活用できるという、後発であるが故の利点を活かした必然的結果なのかもしれない。

とは言え、それは簡単なことではないはずだ。

成功例とされている先行番組とは別構造の演出構成を敢行するということには、かなりの勇気が必要だったであろうことは想像に難くない。

総合演出の日置氏はインタビューで「賭け」という言葉を使っていたが、見事、その賭けに「勝った」と言っても差し支えないのではないか。

 
□ バブル期からいまだ続くF1層信仰

今回のTHE SECOND成功の最大の要因としては「観客席に男性客を入れた」ということに尽きると筆者は考えている。

既存賞レース番組に限らずだが、バラエティ番組のスタジオ観覧客は若い女性(F1層)というのがいつしかお決まりの構成になってしまっている。これは番組製作者の完全なる思考停止であると筆者は常々思っていた。

 一方THE SECONDでは、観覧希望者に対してアンケートを実施し、お笑いへの熱量の高さなどを推し計り、笑いの好み、男女、年齢、地域に偏りがないようにバランスを考慮して観客を選んだという。

注目すべきは、質問事項の中に「去年1年で何本のお笑いライブを観に行きましたか?」という設問がなされていたというところだ。

普段からライブに足を運んでいるようなお笑い好きの客をスタジオに集めるという考え方がまずもって素晴らしい。

勘違い過剰リアクション馬鹿のF1層観覧客ども、ではない、質の高い観客の醸し出すこの会場の空気感の素晴らしさは、テレビ画面を通じても十分感じ取れた。

 
□ 観客審査の英断

M−1第一回で観客審査を導入して大失敗したことを受け、その後の賞レース番組では芸人審査に限定するようになった。

やはり「おぎやはぎ大阪9点」の衝撃は甚大だったようだ。

 しかしTHE SECONDでは観客審査方式を復活させた。それもただ復活させただけではなく、芸人審査無しの観客審査オンリーで勝敗を決める方式にした。

これは数ある決断の中で最も勇気のいる決断だったのではないかと推察する。冗談でウケ狙いで気まぐれに無責任な点を入れる奴がいるのではないかとの疑念は製作者としては当然であろう。(実際に前例があるわけだし)

そこで審査する観客の厳選及び審査方法の改良が施された。

例えば、点数制の数値設定においても、極端な偏りや格差がでないように予選の段階で試行錯誤を繰り返し、審査員心理を分析し、最終的に1点2点3点の三段階制が最も偏差の少ない点数設定であるという結論に至ったという。

さらには無作為に抽出した観客審査員に点数の根拠を聞くことで集団に責任感を持たせるという手法も取り入れられた。(この手法は総合演出の日置氏が大学の授業で習ったらしい)

これらの改良により従来の観客審査の欠陥を克服し、不公平感のない、広く納得のできる審査結果を生み出すシステムを創り上げた。

これは地上波テレビ・バラエティ界において、少なくとも賞レース番組史においては偉業と言っても差し支えない功績を残したと言えるのではないか。

 
□ M−1の過剰な緊張感

筆者はM-1グランプリという番組を観ていて常々感じていることがあるのだが、それは、この番組の製作者たちは「今年のM-1王者に輝くのは果たして誰なのか」という観点を中心に番組を制作しているのではないか、ということだ。

とりわけ「勝ち負け」の演出に過度にこだわっている感じが見受けられる。

しかしこれは「テレビ視聴者にいかに面白い漫才を見せるか」という観点の欠落にも繋がる。

漫才師をリラックスさせ、普段通りの漫才を、普段通りの実力を、ではなく、緊張感を高め、出場者にプレッシャーを与え、「これらの逆境及びプレッシャーに打ち勝った者だけが真のM-1王者になれるのだ」と言わんばかりの酷演出が施されているように感じられる。(この思想が最も端的に表れているのが敗者復活戦の会場である。寒風の屋外で行われるあれ)

しかしこれが、テレビで観ている我々からすれば「ガチガチに緊張した漫才師の面白くない漫才を延々見せられる」という惨状に繋がる。

 それに比べてTHE SECONDはどうだろう。

決勝出場者たちのその後のトークからは、スタジオ内の空気はリハのときから緊張感のないリラックスした雰囲気だった、との話がよく聞かれる。

「緊張しない大会でしたね。全員にとってホームみたいな空間だった」
「いざ始まったら緊張するんかなピリッとするんかなって思うてたけど、それもなくて、ほんまこのままやらせてもらえんのや、めっちゃやりやすい」とはギャロップ林の弁だ。

 このリラックスした空気感はテレビ画面を通じても十分感じられた。

M−1が醸し出す、あのガチガチの緊張感とは明らかに違う、いい意味での緩い感じ。

製作者インタビュー記事によると、これら空気感はスタッフがかなり意識して作り上げたものらしいのだが、リラックス感のもう一つの要因として「松本人志氏が審査という重責から解放された」ということも大きかったのではないかと推察する。

その場において一番上の立場の人間が緊張していたら、当然、その緊張感は会場全体に伝播する。

氏が決勝当日のツイッターで「今夜は審査員ではなく見届けるだけの立場ですのでただただ楽しみにしております」と発言しているように、松本氏の責務解放はスタジオ内緊張緩和の大きな要因になったのではないだろうか。

 これらの他にも
・ネタ中、観客のリアクション映像を挟まない。
・ネタを終えた演者とMCのフリートークは審査の点数が確定した後にする。
・炎上防止のため観客審査員の顔を画面に映さない。
等々、番組の細部に意識が行き届いた上質な演出が施されている。

 開催第一回目にしてここまで完成度の高い賞レース番組を創り上げたことは、これはもうまさに快挙と言ってよいのではないかと思う。

 最後に、繰り返しなるが、THE SECOND成功の最大の要因は「観客席に男性客を入れた」ことであると再度強調しておきたい。
筆者としては、これを機に、お笑い系バラエティ番組のスタジオ観覧客の見直し再構築が行われることを切に願うばかりである。 〈了〉

 

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