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兵法は他の分野で使えるか?

皆さまこんばんは、軍師の弓削彼方です。
今回は非常に難しい話である「兵法は他の分野で使える?」と言うことについてお話ししたいと思います。

皆さまの世では、「経営に生かす孫子」と言う類の本が沢山あることを知っています。
これは会社と言う組織を軍に見立て、また同業他社との競争を戦争に見立てて兵法の知識を当てはめていくと言う代物です。
その上で「孫子は戦いについて『兵は拙速なるを聞くも、未だ巧久を見ざるなり』と述べているから、他社との競争の場でもいち早く新商品を出した方が有利だ!」みたいな感じで書かれています。
他にも人生そのものであったりと、別な方面に兵法の知識を適用して賢く生きようとする試みが盛んだと思います。

実際にそんなことが可能なのかと言うことについて、軍と企業を例に挙げながらその理由と共に解説していきます。
まず結論から言えば、兵法の知識を他の分野に当てはめて使うことは「可能ではある」となります。
ただしこれにはいくつかの条件が付きます。

例えの話になりますが、皆さまが料理をする時には包丁を使うと思います。
そこに日本刀を持って来て、「同じく刃物なのだからこれでも料理を作れるだろうか?」と言われたら、理論上は可能と答えることになります。
しかし日本刀の本来の使い方とは違いますし、包丁と同じように扱えるわけではありません。
それでも無人島に流されて「使える刃物が日本刀しかない!」と言うことであれば、料理にも使うしかないだろうと言うレベルです。

この包丁が企業で本来必要な経営学などの知識となり、日本刀が兵法となります。
無理やり使えなくはないので「可能ではある」と答えますが、正しい使い道ではありません。

もう少し具体的に、その理由を解説していきましょう。

軍とその他の組織の違い

一つは軍とその他の組織は根本的に違うからです。
軍人を縛るものは法であり、非常に強い力が働いています。
ですので、時には死ぬ可能性の高い場所に行くように命令されることもありますし、それを拒否することはできません。
また軍と言う組織に嫌気がさした場合でも、平時であればともかく戦時であれば軍を抜けることすら出来なくなります。
これは軍と言うものは国に直接属するものであり、また国家の存亡に関わる重要な組織だからです。
このように、軍人には命令に従う義務が法的にも道義的にもあります。

一方で皆さま方が知る企業と言う組織はどうでしょうか?
そこで働く労働者を縛るものは規則であり、どれも常識の範囲内に収まるものです。
確かに必要に応じて命令を受けますが、その殆どはどの仕事をすべきかの指示程度であり、死を伴うような命令を強制的に受けるわけではありません。
仮にどうしても受け入れがたい業務命令を受けて会社に嫌気がさした場合には、自分から退職を申し出ることも可能です。
その為の煩雑な後処理はあるでしょうが、退職すること自体は労働者の権利なので問題にはなりません。

このように非常に強い強制力の元で動く軍人と、常識の範囲内で指示を受けて仕事をする労働者では、その取り扱いに大きな違いがあります。
確かに同じ「人」ではありますが、同じように扱うことはできません。
兵法にある組織管理術は軍人を扱う軍を想定しているので、企業と言う組織を構成する労働者に対してそのまま使えないのです。

兵法書には「軍紀を維持する為には違反者の斬罪にする」とあります。
これは一人を見せしめにすることで万人の気を引き締めることが目的であり、軍法にそのように定めがあれば実際に実行します。
しかし企業ではそんなことはできませんし、斬罪は無理だからと言って見せしめで退職でもさせれば、労働者の権利を踏みにじったと言うことで企業の方が痛い目をみることでしょう。
せいぜい口頭注意がいい所で、軍が兵士を管理するほどには厳しくはできないのです。
このように違いがあれば、兵法の知識をそのまま軍以外の組織に当てはめて使うことができないのはお分かりになるでしょう。

戦いの本質が違う

もう一つの理由を説明します。
それは軍が戦場で戦うのと企業が市場で競争するのとは、戦いの本質が違うからです。
軍が戦場で行うのは殺し合いであり、その目標は相手の殲滅(皆殺し)であり、その為にはあらゆる手段を取ることが許されます。
これに対し企業が市場で競争するとは、より優れた商品やサービスでお客と言う第三者に選ばれることであり、その目標はその市場である程度のシェアを得ることであり、その為の手段はより良い商品の提供や宣伝となります。

これだけでも、「戦場で戦う」のと「市場で競争する」と言うのは全くの別物だと理解出来ると思います。
全く別物である市場での競争に、戦場での戦いに用いる兵法を当て嵌めても良い結果が得られるはずがありません。
少しだけ例を挙げて、どのような食い違いが起きるか説明しましょう。

例えば戦場であれば、敵より多い兵力を動員することが有利です。
軍は普段分散して配置している部隊をある戦場に集め、そこで勝利を得れば敵を完全に排除でき、その後は最低限の守備部隊を残しておけば長期間その地域を維持することができます。
また一度集めた部隊も元の地域の守備に戻すことができます。
ではこれを市場の競争に当てはめて、たくさん商品を売るためにライバル社の3倍も4倍も店を出そうとすればどうなるでしょうか?
地域の購買力はある程度決まっており、店舗数が多ければそれに比例して必ず売り上げが増えるではありませんので、単に店の数が多い方が有利とはなりません
また一度出店してしまうと、客の利便性やシェアの維持を考えた場合、簡単に店舗数を減らすわけにはいきません。
軍の部隊のように「やる事が済んだから最低限を残して元の配置に戻す」とはいかないのです。
そうすると店舗維持費や人件費の負担は永遠と会社の負担になり続けます。
これが軍と企業の戦いにおける違いの一つです。

また戦いの手段と言う点においても食い違いが出てきます。
戦場では敵を欺き、全てを破壊し、敵を必ず殺すための強力な火力を用いたりとあらゆる手段をとることができます。
ですので軍を指揮して戦う場合には正攻法を用いる場合もあれば、敵にも味方にも「まさか!」と思われるような奇策を用いることもあります。
まさに戦場での戦い方は千差万別なのです。
一方企業の競争では、戦い方がある程度決められています。
商品やサービスの質で戦うか、価格で戦うか、宣伝による知名度の差で勝つかと言うように、勝負の仕方の方向性は大体決まっているのです。
商品の質で戦うのは有名ブランドの企業ですし、食品や日用品を扱う小売業であれば価格で戦うことになるでしょうし、実物がないサービスを扱う企業であれば知名度が重要になるでしょう。
市場の競争で勝利するには正攻法が重要であり、奇を衒って「まさか!」で勝負する必要は殆どありません。
このように戦い方の根本が違うのですから、市場の競争に戦場での戦い方を適用するのは誤りだと気付くはずです。

これ以上は長く複雑になるので省略しますが戦いと競争を混同し、競争に戦いの理論をそのまま当てはめても成果を挙げることはできません
そのことはこれまでの説明で理解して頂けたと思います。

兵法を使うための条件

では兵法の知識は他の分野に応用することができず、兵法とは軍人で無ければ知る必要の無い無駄な知識なのでしょうか?
当然それは違います。

先ほどの包丁の例えで言えば、兵法と言う日本刀は包丁より長いので刃の部分を全部使うのは適当ではありません。
しかしその一部を使うのであれば、本来の使い方と違うとは言え目的を果たすことができます
兵法もこれと同じと言うわけです。
一つ例を挙げて説明しましょう。

兵法には「信賞必罰」と言う言葉があります。
これは「戦場で手柄を立てれば褒美を与え、規則に違反した者や手柄を立てられなかった者は罰する」と言う意味です。
軍であれば現代でもこれをそのまま適用することができます。
しかし企業ではお金を横領したなどの犯罪行為でもなければ、労働者を罰することはできません。
しかし企業でも、予想より売上が良かった場合や新商品の開発に成功した場合など、功績(手柄)があった場合に褒賞を出すことはできます
ここで「そう言うのは全部賞与に反映するから・・・」と言うのでは、賞すると言う言葉の意味を理解できていません。
あらかじめ決められている給与や賞与とは別に、特別に功績を称え褒賞を与えるからこそ労働者の士気が上がるのです。
このように「信賞必罰」と言う長すぎる刃の部分から、必要な「信賞」の部分だけを使うことで、企業でも兵法を適用できるようになるのです。
このように必要な部分を上手く扱えば、企業でも労働者の士気を向上させ市場での競争で勝つ道筋を得ることができるのです。

このような理由から、私は最初に「兵法の知識を他の分野に当てはめて使うことは可能」と言ったのです。
何も無理やり兵法の全てを他の分野に応用しなくても、必要な部分だけを選んで使えばよいのです。
ただし、それをやるためには一つだけ条件があります。
それは自分が兵法を理解していることです。
何も私のように、生業として兵法を学べと言っているのではありません。
自分で兵法書の原文を読み、咀嚼し、飲み込んで自分のものにするのです。
自力で会得したものは、自分で応用を効かせて使うことができるので、そう言う状態になりましょうと言う話です。

皆さまの世には「〇時間で分かる孫子の兵法」だとか、「経営に活かす孫子」のようなものが多数存在していると思います。
世にあるこのような類の書はすでに私が説明したように、同列に置けるはずのない「戦場での戦い」と「市場での競争」を並べ、さも兵法がそのまま適用できるかのようにこじつけた説明を書き連ねているものが大半です。
このようなものを読み、自分自身では兵法を知りもせず、他人の言葉で何かを分かったつもりなっていても、まともに兵法を扱うことはできません。
ですから、自分で兵法書の原文を読んで、自分なりに理解した上で取り扱って欲しいのです。
もしどうしても手引きが必要な場合には私を頼って頂いたり、皆さまの世にいる優れた兵法の専門家が書いた兵法の手引き書をご覧ください。
そうやって兵法の、物事の本質を理解すれば、そこから必要な部分を取り出して別な分野でも活用することが可能になります。

最後のまとめ

兵法をそのまま他の分野に応用することは難しい。
軍と一般の組織では「組織の在り方」「人の扱い方」に差があり過ぎる。
また「戦場での戦い」は、企業の「市場での競争」やスポーツの「競技」などのようなものとは戦いの本質が違うからである。
しかし兵法の中から必要な部分を選び出し、それを他の分野に応用することは十分に可能である。
ただし実際にそれを行うには自分自身が兵法に触れ、必要な部分と不要な部分の取捨選択をできるようにならなければ難しい。
本日の長い話をまとめるとこうなります。

兵法書を読んで兵法に慣れ親しんだ上で活用する必要がありますが、もし手引きが必要な場合は兵法の専門家が書いた手引き書を読みましょう。


以上が今回の話となります。
もしこの話で兵法に興味を持った方が居れば、私の過去の記事を読んで頂ければ一つの助けになるかと思います。
それではまた、次回お会い致しましょう。



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