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【君もまた、青春】第一話「私は、スタートダッシュで失速しない」

第一話「私は、スタートダッシュで失速しない」
 高校二年生の春がスタートする。私の青春よ、そろそろ始まってくれ!なんて考えたりしてた今日この頃。
 新入生でもないのに慣れた通学路をきょろきょろと見ながら自転車を引き『パンくわえたイケメンが、あそこの角から飛び出してきてくれないかな』なんてテンプレートな妄想が頭に浮かぶ。まあ、そんなに青春は甘くないよね、とほほ。
「ハシムー、おはよーさん」
中学のころからの同級生、土屋凛子が学校の正門から手を振ってる。彼女はスタイル抜群、容姿端麗で、しかも八方美人じゃないところがたまらなくかっこいい、名実ともに最強JKだ。
「おっはリンゴ!」
「果物みたいに呼ぶなよ~」
「いや、ハシム―の方が意味不明だからw」
くだらない冗談をはさみながら、二人でなんとなく校門を抜ける。自転車置き場も変わってて新鮮、そしてピカピカな自転車に乗る一年生たちは非常に温い。
「年下の男子ってなんか子供みたいね」
「そんなこと言ってるからあんたはモテないんだよ」
「げげ、お主図星でござる」
「そういう素直なところは最高なんだけどね」
「あ、ありがとう」
中央廊下にはクラス分けの掲示板が大きく張り出された。私たちは緊張しながら自分の名前を探していた。
「えっと~、『橋向桃香(はしむかいももか)』どこだ~?」
私は目が悪いわけじゃなかったけど、掲示版に張り付いて自分の名前を捜索していた。
「自分の名前唱えながらとか、お祖母ちゃんみたいだね」
「そういうこと言わないで~」
「お、見つけたよ、私七組!」
凛子の声が聞こえると同時くらいに私の名前が3組に並んでいることを確認した。
「ああ、二人ともクラス別々じゃん、ほんとドンマイだ」
私は凛子に自分のクラスは告げずにただそう返事をした。
「残念だけど、私たちはいつでも会えるし、新しい友達の開拓にいそしもうな、ハシムー」
「リンゴはいつもいいこと言うよね、私は友達もそうだけど、彼氏も開拓したいよ~」

「……彼氏彼女なんて浮いた言葉に浮かれているうちは、本物は手に入らないと思うがな」
私の後方からいきなり聞いたことがない声が聞こえた。しかも割ときつめのトーンで。私はとっさに振り返ると、そこには見覚えのない一人の男子生徒が立っていた。
「え、いきなり何、君?」
私は、突然の状況に何か恥ずかしくなって怒り気味な口調になってしまう。
「…だから、恋愛が人生だ!なんて考え方によって、恋愛の本質が失われてるということだ、橋向さん」
まさかの攻撃続行。何こいつ? 何をいきなり恋愛語りだしてるの? それになんで私の名前知ってるの? 
あ、名前は私が唱えてたからか!つまり、こいつは私のことを小バカにしてきてるってわけね! むかつく~。
「もっと言い方があるでしょ、君、名、名乗れ!」
「…向井地。あと後ろ詰まってるから早くはけて」
彼は声深く冷静な視線を向けてきた。
は~! 新学期早々こんな変な奴と絡んだらろくなことがない。
「けん!リンゴ、いこう!」
私が土屋凛子の手を引っ張ると、その場を離れた。彼女は向井地のことを斜めの角度から見つめたまま、ずっとぼんやりしている様子だった。いや、ぼんやりするなよ!

「さっきは、なんで助けてくれなかったの?」
「あ~ね。まあ、彼の言うことも正論かなんて思ってさ。言い返す余地がなかったっていうか?」
「私の方が一緒にいる歴長いんだよ。ちゃんとエコ贔屓してくれないと困ります!」
「ハシムーは、そうやってたまに面白いこというよね」
「『たまに』って何よ! ま、まあいいや、またね」
そういえば凛子はとても中道な子で、正しいことを大切にしているって昔言ってたのを思い出した。だからこれ以上この話につっこむのはやめよう。
二人は階段を上ったところで分かれた。

 私のクラスは、二年三組。だから階段上ってすぐの教室だった。
初めての教室に入ると、クラスの雰囲気的なものは入った感じ穏やか。何人かが知り合いと話してて、何人かは机に突っ伏している。
 私はなんだかんだ顔が広いからぼっちにはならないはず、だけど初めての不安はどうしても否めない…。
 そんな気持ちを抱きながら、ざっとあたりを見回してみる。すると…おお、あそこには学年一の人気者「角川くん」、こっちには妹にしたいランキング学年一位の「成瀬ちゃん」、そして向こうには去年同じクラスでまあまあ仲が良かった宮松咲季と高坂恵理那がいる!
 そしてやっぱりいやがった…、さっきのむかつく男子生徒、向井地だ。
ああ、人生思い通りにはいかないものだな~。まあ、これもまた一興だよね、とほほ…。私は落ち着いて黒板の指示通りの席に着席した。
 すると、すぐに先生が来た。
「君たち、席に着きたまえ、迅速に」
先生のほんの一声でクラス全体に緊張感が走った。「わあ、怖そう」ってみんな思ったんじゃない? 実際、眼鏡をかけてて凄くインテリっぽい真面目そうな見た目をしている。
「私が二年三組の担任、金森です、よろしく」
ほんの十秒ほど沈黙が続いた…。え、それだけ?もっとポッピーな自己紹介みたいのないの? みんなそう思ったでしょう。
すると先生は何気に話をはじめた。
「君たちにまず認識していてもらいたいのは、この世の中は君たち個々のためだけに回っているわけではない、ということだ。私たちの根源にある『他者貢献』の願望が、今の人間社会を数千年にわたって作ってきた。だから君たちの、そのちっぽけな感情だけで世界を肯定するな、抗え。そして自分の存在を示せ、示し続けろ。その意味で将来のために、つまりは他者貢献の歯車になるために、今は自分のためにこの一年間も真面目に勉学に励め。以上。では集会だから適当に廊下に並んで出発」
先生は話を終えると、さっと一人集会に向かってしまった。
 まあ、金森先生が言っていたことはよくわからなかったけど、なぜか嫌ではなくて、なぜか気持ちよく感じた。(完)


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