74:おちゃめなおてんば パイナップルの色
森の奥深く
あなたが知っている
あるいは知らない場所にある色屋でのお話。
シトシトシト……
降り続く雨で,森の中はしっとり
木々は喜んでいるが,人影はサッパリ。
ここ色屋も,こう雨が続くと
客足がパッタリと途絶える。
色さまざまな瓶が並ぶ棚を拭き終わった店主は
薄いカーテンのかかった窓から外を見る。
「今日も,誰もきそうにないですね」
そんな独り言を言った店主の側を
窓からの風がフワリと通って行った。
薄い生成りのカーテンを揺らしたその風は
店主の思い出を甦らせる。
暑い熱帯の国での色の採取中、
あまりにも照りつける太陽の暑さに
クラクラとなった店主は
日陰にしゃがみ込みしばし休憩をとっていた。
「おじさん大丈夫?」
短い髪の毛で黒い目と褐色の肌の少女が
大きな目をクリクリとさせながら
私のそばにしゃがみ込み,尋ねてきた。
「ん〜。どうだろう?
暑くってクラクラしているんだよ。
少し休めば動けるようになるかな?」
「こんな暑い日に帽子も被らずに
ウロウロとしちゃダメじゃない
おじさんはこの島のひとじゃないでしょ?
外からの人は暑さに用心しないと」
「全くだ」
「待っていて。帽子を取ってくる」
目をつぶってグッタリと横たわり待っている
私のそばに,再び少女の足音が聞こえた。
パサリと顔に乗せられた帽子が、
閉じたまぶたにも差し込んでいた
熱をおびた太陽の光を遮る。
「これも飲んどいて。今絞ってきたから」
言われるままに口をつけた液体は,
甘くとろりとした味。 舌に指す刺激も少々。
一口一口と飲み,一息ついた私を見て
少女は,白い歯をみせニッコリと笑った。
「甘くて美味しいでしょ?
我が家自慢のパイナップルジュースです。」
「ありがとう。美味しいよ」
「おじさんはこんなところに何をしに来たの?」
「色を掴みに」
「色?」
「僕は世界中の色を集めて,必要な人々に
美しい色を販売しているんだよ」
「ふ〜ん?」
「ここには何の色を取りに来たの?」
「美しい深いパイナップルの葉の緑色。
そして切ったばかりの瑞々しい果実の色だよ」
「普通の色だね?」
「君にとってはそうかもしれないけれど,
一年の半分が冬のような灰色景色の場所には
とても喜ばれる明るい色だよ」
「冬?雪?私には
真っ白な雪の色が素敵に思えるけれどな」
「お互いが協力をすれば素敵になるだろうね」
「そうだ。おじさんの時間があるならば,
私のお家の工房も見てみてよ!」
「お礼も言いたいから着いていかせてもらうよ」
「……と言うわけで,娘さんに
助けていただきました。ありがとうございます」
「こちらこそ。
好奇心でどこへでも出かけてしまう
娘のお相手をして頂いてありがとうございます」
「おじさん見て!ウチは果物ばっかりじゃなくて
こんなものも作っているの!」
「ほぉ。これは美しい」
見せられた手元には,
薄く美しい淡い生成り色の布地が広げられていた。
「パイナップルの葉の繊維を裂いて結んで
織ったピーニャと呼ぶ布地です」
「これはとても薄く,向こう側が透けて見え,
なおかつ光沢がある不思議な布ですね」
「おじさんこれ,
幻の布って言われているんだよ〜」
「この布を店の窓辺のカーテンとして
下げたいので分けていただけますか?」
「まぁ,ありがとうございます」
…………
こうして思いがけず手に入れた幻の布
「ピーニャ」
暑い夏にはひんやりと風を通し
寒い冬には冷たい空気を遮断してくれる。
この色屋,会心の買い物だった。
この時の瑞々しい果実と葉の色は,
冬景色がうつくしい国と
灼熱の砂漠の民がそれぞれ買い求めてくれた。
雨の匂いがする風を通すカーテンを
そっと触って微笑んだ店主は
クルリと踵を返し,台所へと向かうのでした。
ヤンチャでおてんばだった少女が送ってくれた
みずみずしい果実を味わうために。
物語を含んだ瓶たちが静かに並ぶ色屋。
次はどなたが買いに来てくださるでしょう?
パインの余韻に浸りながら待つ色屋でした。