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正解なんかないから ご自由に

「はーーー???
だって、医務室って書いてあるでしょ!!
一体どう言う事?
じゃあ、あなたは一体、なんなわけ???」
と、一気に巻くし立てる高齢女性。

「あ〜。
確かに医務室って、書いてありますね〜。」

「そうでしょー!!」

「でも、ここは、お医者さんとか、
いたりしませんよ。」

「だから、それはどう言うことって聞いてるの!!」

「そーですねぇ…。
…この場所の名前です。
医務室って名前の部屋ですね。」

「はぁぁぁ?
何言ってるのか分かんないけど!!」

「地図で言ったら、
御手洗って、書いてあるけど、
お手洗いじゃなくて、御手洗さん家…みたいなものです。」

「なんだかよく分かんないけど…。
じゃあ、あなたはここで何してるの?」

「私ですか?」
ここで働いているけど、名称って何だろう?
自分でもよく分かっていない。
「何でも屋です。」

「そう。
……。
じゃあ、あなたでいいわ。」

って、言いながら、勝手に椅子に腰を落ち着け、
喋り倒して帰って行った。

よく分かんないけど、
…気が済んだらしい。


医務室じゃないのに、
医務室と名の付いたこの部屋は、
兎に角、繁盛している。

何となく、キャバクラに似てるんじゃないかと思う。
お酒やセックスアピールのないキャバクラ。
勝手に喋って、気が済んで帰って行く。

勝手に喋って、気が済むとみんな、
私を大好きよ…と言って、去って行く。

…そう思うと、
キャバクラで働いた方が儲かるんじゃないかと思う。



「私、一生懸命やってるんです。
でも、バカだからどうしたらいいか分からない。」

引き戸のドアにしがみついたまま、そう言う。

私は、パソコンを打つ手をとうとう止める。
ドアにしがみついて、一人ブツブツとつぶやく彼女は、
可愛い妖怪に見えた。

椅子をクルッと向けて、
可愛い妖怪に向きなおった。
すると、可愛い妖怪はドアから離れ、
私が向きなおるのを待っていた様に椅子に座った。

そして、静かに泣き出した。

そこにあるティッシュは、
まるで涙を拭くために置いてある様に、そこにある。

「あれをやって、これをやってって言われるけど、
やってもやっても、終わらないんです。
今日中にやれって言われるからやっても誰も着いてこない。
やらなかったら、前には進まない。」

自分のことバカだから…って、言っちゃう人は、
自分の事、バカだって思っていない。
頑張ってるのに、思い通りにならない事に、
その…焦りみたいなもの?…に、
ハマってくだけ…と言う、ロジックが頭をかすめる。

可愛い妖怪ちゃんは頑張ってるよ…とか、
可愛い妖怪ちゃんはちゃんと仕事できてるよ…とか、
私が言えば、否定する。

その代わり、
「私これをクリアして、凄いでしょう!」
と、可愛い妖怪ちゃんが言った時には、
「凄いよね!」も、
「頑張ったね。」も
受け入れる。
言って欲しいタイミングがある様だ。
でも、上司の場合は別だ。
どんな言葉も受け入れて、
受け入れきれなくなった時、
可愛い妖怪が出来上がる。

なんか凝り固まったなんかが、あるらしい。

「前に進まなきゃいいじゃん。」

「それじゃ、何も進まない。
私がやらないと誰もやらないから。」

「でも、いっぱいいっぱいなんでしょ?」

「でも、私がやらないと誰もやらないから。
それに、課長に私がやれって言われるし。」

「やるところと、手を抜くところ決めれば?」

また再び涙の量が増える。
何かを決めるってところが、負担らしい。
ロボットみたいに組み込まれたプログラムはいいけれど、
容量以上のプログラムに、誤作動してるみたいだ。

「それが分からないんです。」

うん。…と、うなずく。

「色んな人が色んなこと言ってきて、
どれが正しいのか分からない。
誰が正しいのか分からない。」

私は、妖怪ちゃんを見るともなく見ながら、
頭の中は、
気分で意見がコロコロ変わるボスに従おうって
凄いな〜と、思っていた。
私なら生返事で終わりだ。
チャントやったとして、
結果がどの程度のものかもジャッジ出来ないモノに
従うって、私にはあり得ない。
でも、彼女には、それが正しい世界なんだから、
彼女にとっては、あてもないモノに従う事が
正解なのだろう。

「アンちゃんは、誰を信じてるの?」

「わたし?」

「……。」

「……。」

「……。」

「……自分だわ。」
と、笑い出してしまった。
「自分大好き。」
自分で言って恥ずかしくて、笑うしかない。

人と話してると、気せずして自分が見える事がある。

「ポジティブですね〜。」
と、妖怪ちゃんもつられて笑う。

「あ、でもね、自分っていうか、
私の上か、横か…まあ、その辺りのところに
もう一人の自分がいて、
アー、そ言うの嫌いとか、
こう言うやり方が好きとか、
言うわけ。
だから、私はもう一人の自分を信じてるって言うか。」

「もう一人の自分?」

「そう。
今ね、もう一人の自分が、今喋ってる事って、
通じるのかなぁ、って、思ってるよ。」
アホな事言ってるな〜って思って、
やっぱり、笑うしかなかった。

「もう一人の自分…。
もう一人の自分…。」



そこで、ドアがノックされた。
可愛い妖怪ちゃんの時間の終了の合図。
可愛い妖怪ちゃんは、
謎に包まれたままだけど、
涙は止まっていた。


次の日も、
妖怪ちゃんはやって来た。
でも、もう妖怪ちゃんではなく、
リーダーの顔になっている。

「ちょっといいですか?」

「5分ね。」

「えーーー。」

と、二人で笑う。
昨日はサヨナラ。
泣いたって、次の日はチャントやって来る。
次の日、笑うためなら泣いたって、
いいよね。


東北にも、
もうすぐ遅い春がやって来る。
昔より開花が早くなった桜に、
ゆっくり咲いて、
ゆっくり散って…と、お願いする。
そんな時期は、なぜか、心乱れるらしい。

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