
真っ白の夏
光が強すぎて、
全てが真っ白で透明な景色に思える、
昼下がり。
クーラーの効いた部屋で、
大人たちはみんな午睡に落ちている。
ボクは、
昼寝なんかしたくない。
大人たちの午睡から抜け出して、
虫取り網を手に持ち、
虫取り籠を肩にかけ外に出た。
眩しい光に包まれた瞬間、
汗が吹き出し、視界がくらっとする。
木で鳴いていた蝉に虫取り網を振ると、
「キィー」
と、声をあげて飛んでいった。
蝉を取るのに失敗し、
お隣に遊びに行くことにした。
ボクより5歳から6歳上のお姉さんたちは、美人が揃っている。
城下町だからなのか、
美人でお淑やかで、
なんと言うか品がある。
ボクはお姉さんを見つけると、
「おねぇさぁ〜ん。」
と、必ず近づいて、
抱っこしてもらったり、
膝の上に乗せてもらったりする。
そして、
細いウェストに腕を絡め、
胸板に頭を預けながら、
上目遣いでお姉さんの顔を見上げると、
お姉さんたちは、
ニッコリと微笑むんだけど、
それは決して、“可愛い”ではない。
本当の美人が微笑むと、
美しい。
その美しさにとろけそうになる。
お隣の涼子ちゃんは、
抱っこしたり、
膝に乗せたりはしてくれないが、
その美人の一人だ。
ただ、
城下町から少し外れるからか、
お淑やかと言うより、
体育会系で、
リレーでは数人を必ずごぼう抜きする。
体格?…も、ちょっと違って、
城下町のお姉さんの様に、
華奢な感じはなくて、
ロシア人系の様に、
手足が長くて、骨格がしっかりしている。
色白で彫りも深くて目がパッチリして、
まつ毛が風を起こすくらい長い。
顔のパーツ一つ一つがはっきりしているのだ。
美しいパーツが並ぶ様は、
ずっと見ていても飽きない。
匂いも、
城下町のお姉さんたちは、
薄く甘い匂い。
涼子ちゃんは、
ほんの僅かだけれど、
匂いの奥で、
動物の匂いがする。
草食ではなくて、
肉食なんだろうな
…と、思わせる。
中庭に回って、
涼子ちゃんの部屋の窓を叩くと、
膝丈のクロップドパンツを履いた
涼子ちゃんが中庭に現れた。
クロップドパンツから出た足は、
人間と思えないくらい白かった。
涼子ちゃんの足の横に
ボクの足を並べると、
「真っ黒だね〜。」
と、驚いていた。
「涼子ちゃんも焼いたら?」
と言うと、
「焼いても赤くなるだけ。」
と、言った。
どこか詰まらなそうな感じがしたから、
庭石の上に乗って、
「ブゥ〜メラン ブゥ〜メラン
ストリ〜ト〜〜〜 ♪」
と、歌い出すと、
涼子ちゃんは、
美しい顔を思いっきり歪ませた。
上手い訳でもなく、
似ている訳でもなく、
下手すぎて笑える訳でもない。
単に「サムッ」
てことだ。
そう言う時って、
思いっきり心臓にナイフが刺さった気がする。
せめて、罵倒された方がマシな気がする。
庭石から飛び降りて、
蝉を探すふりをした。
涼子ちゃんは、西城秀樹が大好きで、
きっと喜んでくれると思ったんだけど…。
「あのね〜。
秀樹は本当にかっこいいんだから。
やめてよね〜。」
と、涼子ちゃんが言ったから、ちょっとホッとした。
「え〜。でもあんな感じって思ったんだけど。」
「ゼーンゼン、似てない。
秀樹は本当にかっこいいんだから。」
「ふ〜ん。どこがカッコいいの?」
「顔もカッコいいし、歌も上手いし、運動神経だっていいんだよ。」
秀樹のカッコ良さはボクには分からない。ボクにはただのロン毛の大人に見えた。
涼子ちゃんは、ああ言う人が好きなんだ…と、思ったら、涼子ちゃんも大人なのかな?と、ちょっと遠く思えた。
中庭は、少し日陰になっているから、庭の植物が元気な気がした。
日向の草は少し萎れている。
午睡のこの時間は、
ジリジリ暑くて、じっとり空気が重くて、みんなグッタリしてるし、ボクも取り込まれそうで好きじゃない。
巣穴を出入りするアリだけは元気だ。
「かき氷食べる?」
「食べる‼︎」
ボクはすかさず答えた。
「じゃあ、持ってくるから座ってて。」
ボクは縁側に腰掛けて、
足をぶらぶらさせてみる。
縁側は直射日光を遮っているけど、
それでも充分蒸し暑い。
涼子ちゃんは、ボクの好きなイチゴ練乳のかき氷を持って来て、一緒に食べた。
春にイチゴをジャムにした、
酸っぱいイチゴジャムと、
ミルクが凝縮された甘い練乳のかき氷。
二人で一斉にかき氷を口に入れて、
二人で顔をギュッとしながら、
「キーンときた。」
と、笑った。
ボクが秀樹の真似なんかしなくても、
涼子ちゃんは笑顔になるし、
その笑顔は美しい。
「お代わりする?」
「うん‼︎」
とうとうかき氷を10杯食べた。
「美味かった〜。」
「満足した?」
「イチゴ練乳は、最高だね。」
「沢山食べて、お腹、痛くないの?」
「痛くないよ〜。美味しかった。」
その時は、そうだった。
イチゴ練乳のかき氷は美味しかったし、
太陽がギラギラ世界を焦がしていたし、
虫たちは太陽を避ける様に、
姿をくらましていた…アリ以外は。
植物たちは、
本当に焼かれている様に萎れていた。
そして、
涼子ちゃんの笑顔が綺麗だった。
でも夕方。
家に帰るとボクのお腹は激痛で、
トイレに何回も通った。
かき氷を10杯食べたのは内緒にしていた。
暑い暑い夏の午後。
ボクは必ずその記憶がやって来る。
でもそれを涼子ちゃんには伝えていない。
人はなんでも人に伝える訳じゃないし、
伝えたとしても、
特別な意味なんかある訳でもないから。
それでも、
そうして人は人の心に住んでいるんじゃないかと思うんだ。