
夏 セミに出会う −3−
夜の湖をのぞいてみた。
小さな魚も大きな魚も泳いでいた。
魚も夜更し?
以外にあちこちにいた。
夜が更けていくと、辺りの火が小さくなり、子供達の声も聞こえなくなって行った。
聞こえるのは、大人たちの小さな話し声。
それと虫と、カエルがギブギブと鳴く声、時々鳥の声。
対岸の焚き火だけは、何時までも燃えている。
自分は自然の中で過ごしていると思っていたけれど、キャンプ場は殆ど人工的だ。
キャンプ場は自然に近いけれど、私なんかは、本当の自然の夜を過ごす事は出来ないとかもしれない。
闇が強いのも、人間がいないのも、誰の声も聞こえず、虫とカエルと鳥の声だけになり、光も全く無かったら、凄く怖い気がする。
対岸の焚き火と、何処からともなく聞こえる話し声は、なんとなく安心した。
テントの中に入って、寝袋に入ると、もっと、ちゃんと寝入っても大丈夫と言う感じがした。
私は自然とはかけ離れた暮らしをしている。
虫もいなくて、生き物の声も聞こえなくて、温度も管理できて、
家とはなんと、人間にとって快適な場所だろう。
まさに人間のための世界。
人間と生き物は、どうしてここまで行き方を分けたのか?
快適だから?
人間が色々と怖がりだからかな…。
でも、テントの中で寝袋に潜り込もながら、カエルと虫と鳥の声を聞いていると、何ともいい気分で、一体どれがいいのか分からなくなった。
…一人でそんな事を考えてたら、テントのすぐ脇で、
ボタッ…、
と、何かが落ちた。
コヤツが、「ボタッ」の正体。
何とも可愛い。
土の中からテントに登り、脱皮して地面に落ちた音だった。
地面に落ちたあと、またテントを登り始めた。まだ羽はシワシワ。
可愛すぎる!!
自分の、抜け殻目掛けて登って行くと、羽がドンドン大きくなって、抜け殻に近くなるとすっかりセミらしくなっていた。
抜け殻に近くと、何故か、抜け殻を突っついていた。
自分の抜け殻を確認してるのか?
抜け殻を他の生き物と勘違いしたのか?
突っついていても反応がないと、抜け殻の周りをグルグルしていると、もう、緑ではなくなり、茶色に変わって、クマゼミになっていた。
そして、夜が開ける前には飛び立っていた。
セミの羽化を見られるなんて!!
もう、神様の特大プレゼントとしか思えなかった。
想像もできないプレゼントだ。
もう私は、キャンプが大好きになってしまった。
秋になったらまた来よう。
今度は焚き火で暖を取る。
焚き火で作る料理をしよう。
でも、相棒と一緒にキャンプすることは二度とない…。
セミの背がパックリ割れたように、
キャンプをして、お互いの価値観の違いに気付いてしまった。
抜け殻に戻れないように、気付いてしまったものに、
気付かないふりをして一緒に過ごせるような二人ではなかった。
相棒は自然の中でも、人間の文明を駆使していたかった。
それは横暴にさえ見えてしまった。
私は、自然に溶け込むように過ごすのが好きだった。
ほんの些細な違いだ。
些細な違いだけれど、根本が違うと、取る行動も違ってしまう。
お互いにそれが許せる事ならいいのだが、
相棒のルールは頑なで、そのルールに私は合わせきれなかった。
もしかしてセミは、抜け殻に戻ろうとして突っついていたのだろうか?
私は抜け殻に戻りたいとは思わない。
大体、サイズ合わないし。
半自然の中で過ごしたら、自分の生命力の強さを感じてしまった。
私って、生き抜く力あるよ。
セミがボタッと落ちて、また上に登って羽を広げたように、
私も脱皮しただけだ。
人間の寿命って長いから、何回でも脱皮すればいいんだ。