日常と非日常の狭間で
風景は同じ場所に生きている限り、平等に与えられる。しかし、旅行者にとってその風景は取らなければ消えていく非日常であり、与えられた風景を失すれば、二度と経験できないかもしれないという怖さと切なさがある。
引用先: Hiroyuki Yamaguchi (ブックディレクター/編集者)
写真家 濱田英明さんの写真集”DISTANT DRUMS”が出版され、それに伴って個展も開かれていましたので、行ってみました。
今回の写真集は村上春樹のエッセイ「遠い太鼓」から影響を受けているらしく、タイトルも英訳になっています。
写真は旅先で撮ったものを集めており、そのテイストは全て”ある一定の距離感”を保っていました。
”ある一定の距離感”というのは、その写真の中に他者は入り込むことはなく、その日常や風景を切り取ることだけに集中しているということ。
つまり、浜田さんは自分をそこに介入することなく、ただその場を写真に収める。その距離感が抜群だし、見ている私たちもその場にいるような気になってくるんです。
とても綺麗なんです。
距離感の話は、写真集に添えられていた文章の中で数々の方が言っていました。
その中で気になった段落が、冒頭に引用させてもらった文章です。
”風景は同じ場所に生きている限り平等に与えられるが、旅行者にとっては違う。なぜならそこは彼らにとっての日常ではないから。”
旅行者は非日常を生きます。それが日常になった時、もうその旅は機能を果さなくなるんだろうなと。
旅の機能とは、自分の中の風景や記憶、知識、常識、いろんなものを覆すことだと思います。それが観光的な旅行でないなら、なおさら。
それが日常になって、好奇心が摩耗されてきたら、旅を終わらせるべきでしょう。
まっとうな生活、まっとうな日常の中にも、広がる世界がある毎日でありますように。
バランスが大事だと、改めて思ったことでありました。