月の綺麗な夜に
「お、カナデじゃねえか。お前も夜勤か?」
夜になり、静まり返った街のパトロール勤務の日。街中で見回っていると、見慣れた姿を見かけ、声をかけた。二番隊に所属しているハナヨイだ。
同室でもある二人だが、持ち回りの街まで被っているとは驚きだ。
「おう、お前さんもこの街の担当ってワケかい。せっかくだから、一緒に見回っていこうぜ」
街は寝静まり、人っ子一人歩いていない。しかし、闇に紛れて悪さをする輩は存在する。常に目を光らせておくことで、未然に犯罪を防ぐ。皆が寝静まった時間に神経を尖らせて働くのは、些か骨が折れることではあるが、犯罪の芽が摘めるのであれば、この労力を割くのは惜しくない。
「んー、特に異常はねぇみてぇだなあ」
「ま、平和なことはいい事だろ」
しばらく街を見回ってみるが、異常らしい異常は見当たらない。夜空に浮かぶ星や月もいつもと変わらぬ輝きを見せ、時は静かに流れていく。
「闇夜に紛れた怪しい取引現場を目撃して、それを見るのに夢中になってたせいで背後にいるもう一人の工作員に気づかず……! みてぇな展開とかねぇのかなー」
「滅多なこと言うもんじゃねぇよ。平和ならそれでいいだろ。漫画の見すぎじゃねぇか、お前」
突拍子も無い話に、ウキグモは思わず鼻で笑ってしまう。闇取引はあるかもしれないが、それをずっと見てないで取り締まれよ、とも突っ込んだ。
「主人公は普通の学生なんだよ、仕方ねぇだろ」
「なら、通報しろよ……。一般人が首突っ込む域を超えてるだろ」
取り留めもない話をしながらも、ひたすらパトロールしていた。が、特に事件らしい事件は起きない。
「なぁ、しりとりしようぜ」
唐突にニヤニヤとしながらハナヨイが提案してくる。
「しりとり? くだらねぇ事してないで、仕事に集中しろって」
「おし、『て』からだな! 『手ぬぐい』!」
「話聞けよ」
深いため息をついたが、先ほども取り留めのない話をしていたところだ。ダラダラと話をするくらいなら、しりとりに付き合いながら巡回している方がまだ業務に差し障りは無いだろうし、カナデも納得するだろう……と考えた。
「い……『犬』」
「ぬ……『ぬいぐるみ』」
しばらく、しりとりを続けながら巡回をしていたそんな時。
「え……『笑顔』」
カサ……と微かながら足音が聞こえた。
「おい、静かにしろ」
「ろ? 難しいとこつきやがるなぁ……」
「違うって。何か足音聞こえねぇか?」
ウキグモの忠告で、ようやく事態に気づいたのかハナヨイも耳に神経を集中させる。静まり返った街の中、自分以外の足音がこちらに近づいてきていた。
二人は物陰に潜み、様子を伺う。今、月は雲に隠れてしまい、正体を窺い知ることは難しい。
ハナヨイも有事に備え、持っていた鉢巻を目を覆うようにして巻いた。今までよりも感覚が研ぎ澄まされていく。
(ん……この足音。それにこの気配は……)
足音が二人に近づき、ウキグモは刀の柄に手をかけながら物陰から飛び出す。
「止まれ!」
ちょうど雲の切れ目から、月が顔を出した。月の光に照らされた先に見えたのはメイネだった。
「メイネ!? こんな時間に何してんだ?」
一瞬驚いた顔をしたメイネだったが、すぐにいつもの調子に戻りヒラヒラと扇子を靡かせながら答えた。
「何や物騒やなぁ。私はアレや、夜の散歩してたところや。ちょっと寝れへんなぁ思うて、外に出てみたら、思いのほか月が綺麗でなぁ。こんな月夜に散歩もええやろと、出歩いてきてしもうた訳や」
「はぁ……」
「おお〜! やっぱりメイネだったか!」
ゆっくりと物陰から現れ、ハチマキを取りながら「よっ」と軽く挨拶を交わした。
「なっ、気づいてたのかカナデ!?」
「おうよ。足音と気配で、そうじゃねえかなってアタリはつけてたからな!」
自信満々のドヤ顔で胸を張るハナヨイに、ウキグモは今日一番の深いため息をつく。
「はぁ……もう、分かってたなら言えよ……。神経使って損した気分だ」
知り合いに対し、不審人物と同等の対応をしてしまった事に対して恥ずかしいやら居所の悪い気分だ。
「ふふふ、何や漫才みたいやなぁ。まあ、ウキグモはんは真面目に仕事してるっちゅう事やな。カナデはんも、悪ふざけは程々にな。オモロいモンも見れたし、私はもうちょいだけ歩いてから帰るわぁ」
夜勤頑張ってなぁと、はんなりとした雰囲気を醸し出しながらメイネはその場を後にする。
「まったく、人騒がせな……」
「本当だよな〜、こんな時間に散歩なんて変わった野郎だぜ」
へへと笑うハナヨイの頬を引っ張って、ウキグモは抗議する。
「自分を棚に上げるな。人騒がせの片棒担ぎやがって……。先に言っといてくれりゃ、良かったのに」
「はは、悪い悪い。お前さん、からかいがいがあるから、ついな。さ、仕事の続き続き!」
ピュッと逃げるように夜の街を駆けていくハナヨイの姿を見て、やれやれと肩を竦めながらも後を追いかけていくウキグモであった。
交代まであと数時間。いつにも増して騒がしい勤務となりそうだ。